想い出が褪せる頃

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夕飯が済み俺と涼真の二人きり。 真咲のいないリビングで少しだけ子供の頃を思い出すが、小さなテーブルを挟んで…その距離がもどかしい。 「涼真、俺と一緒に暮らしてくれないか?」 「…え…でも…」 戸惑いを隠せない涼真の瞳が揺れる。 「…こ…恋人…、郁弥の恋人に悪いよ…」 「いた事無いし。それに俺、一人でいるからさ、結構寂しいんだよ」 「…でも…」 言葉を探しているのだろう。 何かを言いかけた唇はすぐにキツく閉じた。 「正直、この状態は綱渡りだと思う。お前家事全般苦手じゃん。でも俺なら出来るし真咲にも教えられる」 「…う…」 俺を見つめていた瞳は理由を探してテーブルの上を泳いだ。 「真咲はすぐに大きくなって何でも出来るようになる。でもそれはキチンと教えたら、だ」 ぐっと唇を噛んで、何かを堪える涼真。 「迷惑…掛けたくない…」 逸らされた瞳は濡れたように光っている。 「迷惑なんかじゃない。俺は頼って欲しいんだ!」 膝立ちで涼真の側に寄り、床に付いた涼真の手に俺の手を重ねた。 「手伝わせてくれよ…お願いだ…」 「…い…いの?迷惑かけるよ?……ありが…と…」 ぐっと堪えていた何かが途切れたように俺の手の上に涼真の涙が落ちた。 俺は涼真の背中に腕を回し、身体を抱き寄せた。 「味方なんて…居ないと思って…た…」 「いつだって、何があったって俺は涼真の味方だ。ぜったい離れない」 …もう、二度と離すもんか…。 絶対に…だ。 涼真を説き伏せて同棲…もとい、同居を容認してもらった。 …思い出すと顔がニヤける…。 泊まった翌日の日曜日、昼まで真咲と近くの公園で遊び昼飯を食べた後で自分の部屋に帰ってきた。 俺が帰ると分かって、真咲は今にも泣きそうな顔をしていたが涙を零すことは無かった。 ちょっと寂しかったが泣かれるより、断然いい。 この数年間で俺と涼真を取り巻く環境はあの頃からは想像できない程に変わってしまった。 高校を卒業する頃までは家に来ていた涼真も大学進学を機に家に来る事は無くなった。 それは涼真が子供ではなくなってきた事実もあったが、彼の両親が離婚して親同士の繋がりが薄くなった事も大きかっただろう。 働く母親を助けながら勉強していたと最近日本に帰って来てから聞いた。 俺は何も知らされていなかった。 知ろうともしなかった。 だから咲百合からの手紙を読むまで、涼真の事を心の一番深い所に閉じ込めていたんだ。 「熱っ!」 考え事をしながら肉を焼いていたらフライパンの縁に手を当ててしまった。 赤く熱をもった痛み。 火を止め流水で患部を冷やし、大きく息を吐いた。 …心が落ち着かない。 不安や嬉しさや期待が胸を占め、心を騒がせる。 涼真と真咲と、上手くやっていけるか…。
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