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今となっては遠い昔…小学校の卒業式を間近に控えた日に俺はクラスの女子に呼び出された。
…場所は体育館裏。
どう言えばいいのか…話した事もないようなその子に俺は何の感情も持っていなかった。
「香束くん、東藤くんと仲がいいよね」
手を後ろで組み、斜めから俺を見る。
「…」
「東藤くんって、付き合ってる人とかいるのかな?」
上目遣いに聞いてきたその子は女子をアピールしているように見えた。
…涼真の事…好きなのかな…?
胸が苦しく、奥歯をギュッと噛み締めた。
少し間をあけ、乾いた唇を開く。
「俺、知らない。自分で聞けば?」
「あんなに仲がいいのに、知らないの?どうして?」
何故か勝ち誇ったように言われてカチンときたがその問いには答えず拳を強く握った。
君になんか、言わない。
例え知ってても。
ムカムカしながら教室へと戻る。
だが渡り廊下を早足で歩きながら、ふと考えた。
この先、きっと涼真も誰かを好きになるだろう。
でも…その相手は俺じゃない。
いつか俺じゃない誰かと、今まで俺としてきた…いや、それ以上の事をするのだろうか…。
春の、まだ冷たい風が目に滲みた。
ぼやける景色を見ないように、涙に気が付かないように下を向いて走った。
教室に帰って来た時には涙は風と一緒にどこかへ行ってしまい、普段通りの顔で涼真と向き合う事が出来た。
「用事は終わったの?」
「…人違いだった」
「…帰ろう」
俺は笑顔の涼真から差し出された手を躊躇いながらも握った。
あと何回こうして手を繋げるのか分からない…
もう、これが最後かもしれないから。
「とと?おねむ?」
下から真咲がオレを見あげている。
小さな手の温もりは懐かしい過去を思い出させた。
「うん。一緒に寝てくれる?」
「いーよ!」
にっこりと笑う真咲は遠い昔に見た涼真の笑顔とよく似ていた。
「ただいま〜!真咲〜パパだよ〜!」
涼真は帰ってくるなり愛息子の名を呼んだ。
「ぱぁぱ〜!きゃ〜!」
そして真咲はそれに応えるが如くパタパタと走って玄関まで出迎える。
「郁弥、ありがとう。悪かったな」
「いいんだよ。真咲だってたまには俺のお迎えがいいよな?」
そう真咲に言ったが、当の本人は涼真にまとわりついて離れない。
パパ力恐るべし。
「ぱぁぱ〜、とととねんねしゅる〜」
「郁弥と?真咲と一緒だと郁弥がよく寝られないよ」
「ねゆの〜!」
「さっき約束したからな。いいだろ?」
「いいけど…甘やかさなくていいよ?」
「俺が真咲と居たいだけだからさ」
「今日は三人でねんねするか、真咲」
「きゃ〜!は〜い!」
超ご機嫌な真咲はハイテンションで俺が作ったハンバーグを食べ、涼真と風呂に入り、速攻で眠った。
ん?
俺と寝るの楽しみにしてたんじゃないの?
一人でさっさと布団に入ってる。
「嬉しすぎて普段通りの生活しちゃってるよ」
子供ってホント良く分からないな、そう言って涼真はソファーに座った。
「どう?久しぶりに飲む?」
「いや、俺はいい。郁弥飲めよ」
「そう?じゃ、俺だけ…」
冷蔵庫から取り出した缶ビールの蓋を開けてグイッと喉に流し込んだ。
涼真は酒を飲まない。
飲めない訳じゃなく、真咲がいるから。
何かあった時、酔っ払ってたら何も出来ないよって、そう言った事があった。
俺の知らない涼真。
父親の、顔。
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