想い出が褪せる頃

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「とと〜!ま〜くんといくの〜!」 涙声で珍しくご機嫌ナナメの真咲。 「真咲!郁弥はお仕事行くの!真咲はパパと保育園!」 一緒に寝なかったのが真咲にバレた。 腰への重みで目が覚めた俺は布団の上に真咲が乗っているのを見て、しまった…と思った。 真咲より先に起きて真咲の布団に潜り込み、一緒に寝た既成事実を作るはずだったのに…つい涼真と話し込んで早起きした真咲に襲われたのだ。 それからずーっとくっつかれてこの有様。 「涼真、今日は俺が連れて行くよ」 「甘やかさなくていい!真咲、いい加減にしなさい」 「ぱぁぱ〜うぇ〜ん…」 滅多にグズらない真咲が泣いている。 おー怖。 声を荒立てる涼真、初めて見た。 あの、優しい男の子がこんなパパになるのか…。 親になるって凄いんだな。 そして俺は真咲と保育園へ。 門を開くとすぐに保育士の先生が出迎えてくれた。 「先生おはようございます」 「おはようございます」 「はよーごじゃましゅ」 「真咲くん、上手に挨拶出来ましたね」 今日はあの男性保育士さんが朝の当番か。 あいさつを済ませたら教室に入ってでっかいカバンから真咲の引き出しにオムツや着替えを仕舞って準備完了。 「よしっと。それじゃあお願いします」 「いってらっしゃい。お気をつけて」 よく知らない人に見送られる不思議…。 門扉を閉めるまで、振り返ればずっと目が合う。 「朝送るのが俺で珍しいからかな。さーて、仕事仕事」 そう思えばなんだか納得できるような気がした。 『ゴメン!仕事ちょっとミスしちゃって。もし行けそうなら今日のお迎え頼んでいいかな?』 もう少しで終業時間というタイミングで涼真が珍しく携帯に電話してきた。 よっぽどな事があったのだろう。 「大丈夫。迎えに行くから安心して仕事して来いよ」 『助かる!ありがとな、郁弥』 そう、こういう時の為の俺。 少し残業にはなるけど保育園のお迎えには余裕で間に合う。 「今日の晩御飯は何にしようか…」 保育園に向かう道すがら、脳内で予定を整理した。 真咲を迎えに行って、それから二人でスーパーに寄って晩御飯に何が食べたいか相談しよう。 ついでに休みの日に食べるおやつも涼真に内緒で買っておいて部屋の隅に隠しておこう。 いつの間にか俺は一人でウキウキして涼真と真咲の為に何をしようかと考え出した。 …もちろん仕事は仕事でちゃんと終わらせてからの真咲のお迎え。 早く迎えに行きたくてつい、急ぎ足になっていた。 何人もの人が始終開け閉めする門扉が、ギィ、と鳴る。 もう外は真っ暗で園庭には誰もいない。 「こんばんは。東藤真咲、迎えに来ました」 「ととー!」 ガラス越しに真咲が俺を見つけて嬉しそうな顔をしてみせた。 「真咲は何が食べたい?唐揚げ?照り焼き?」 「あんばーぐ!」 「そっか、ハンバーグか。挽肉買おうな」 「あーい」 精肉コーナーで肉を吟味し、次はお菓子。 「真咲、涼真にはナイショだぞ。三つだからな」 「みっちゅ…」 指を三本…正確には二本と半分…薬指が若干伸びきっていないのはご愛嬌。 真剣な面持ちでお菓子を選ぶ姿を後ろから眺めた。 「あっ…」 後ろからした声に反応して振り返ると、朝保育園で見た先生がそこに。 「あぁ…こんばんは。先生買い物…ですよね」 「はい。真咲くんとお買い物ですか?」 「そうですよ。晩飯作るんで」 そう言うと先生は困ったような何とも言えない顔を俺にして見せた。
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