想い出が褪せる頃

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「何か?」 同情なのか、それとも好奇心なのか。 よく知りもしない人の表情からは何も読み取る事が出来ない。 「いえ…その、…東藤さんとはご友人だと伺ってるんですが…同居もなさってるんですよね?」 「はい、そうです」 …ん? そんなに不思議? 「子供がお好きなんですね」 「…いや、そこまでは…」 「小さな子供がいるって家族でも大変なんです。まして未婚のご友人。本当に仲がいいんですね」 …何だろう、この人… 何が言いたいんだ…? 「とと、こえ」 眉間に皺を寄せる勢いだった俺の気持ちが真咲の一言で我に返った。 俺を見上げる真咲はお菓子を決めたようだ。 約束通り、三つのお菓子を手に握っている。 「真咲、カゴに入れて。先生、これから晩飯なんで、これで失礼します」 「そうですよね、突然話し掛けてすみませんでした」 真咲の手を引いてさっさと先生に背を向けレジに急いだ。 普段世話になっている先生だから。 だから何も言わなかった。 好奇なのか、若干の悪意を含むのか… どっちにしてもいい気持ちはしないな。 支払いを終えて荷物をマイバッグに放り込んだ。 「真咲はこれ持って」 「あ〜い」 電気ネズミの絵がついた小さなバッグにお菓子を入れて真咲に渡した。 適材適所って言葉は大人の為の言葉で、子供のうちにどんな事でもさせなくちゃならない。 自分は出来ない、子供だからやらなくていいなんて、言って欲しくない。 少しでも自分の事は自分で出来るように、それが家事の苦手な涼真に代わって俺が真咲にしてあげられる事だから。 「真咲、俺とハンバーグつくろうか」 「とと〜、しゅる〜!」 帰り道、きゃ〜、と真咲が嬉しそうな声をあげた。 「今日は遅くなったなぁ。はぁーーーー」 と、息の他に何か得体の知れないモノまで吐き出していそうな佐藤さん。 うわ、もう二十二時、良い子はとうに眠ってる時間。 涼真に終電で帰るって連絡はしたけど…大丈夫だよな? 「真咲が ととない〜、とか言って泣いてたりして…」 淡い期待をしてみるが、真咲は俺や涼真がいないからって拗ねるような子供じゃない。 「もっとワガママいってもいい歳だよ…うん」 他の子供がどうかなんて知らないけど、泣いたり笑ったり色んな表情を見てみたい。 おっと、仕事中だ。 シャキッとしろ、俺。 仕事仕様の顔に戻して、PCと向き合った。 「香束、お前帰っていいぞ」 「え!いいんですか?」 「今日はこれ以上進展しそうにないしな」 「ありがとうございます!」 神様、仏様、佐藤様…と心の中で拝んで、レッツ退勤! 足取りも軽やかに駅に向かった。 最寄り駅から徒歩五分で俺と涼真と真咲の住むマンションの入口に着いた。 誰にも会わずエレベーターに乗って八階で降りる。 真咲はもう寝てるだろうからそーっと鍵を開けて入らないといけないな、などと廊下を歩きながら考えていた。 カシャン、と乾いた金属音がして鍵が開き、気配を消してスリッパも履かずに極力音を立てないで部屋に上がる。 子供なんてぐっすり眠ってちょっとやそっとじゃ目を覚まさないのにその時の俺はとにかく 静か〜に室内に進入した。 涼真達の部屋のドアをそーっと開けて真咲の寝顔をじっと見た。 うん、よく寝てる。 無垢な寝顔を眺め、ズレた布団を直してからそっと部屋を出た。 さて、涼真はどこだ? 居間の明かりを頼りにドアを開けたが…居ない。 書斎…にも、居ない。 俺の寝室のドアを少しだけ開けて中の様子を伺うと、明かりが付いていてそこに涼真が、いた。
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