想い出が褪せる頃

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なだめてすかして、……いやぁ、大変だ……。 見慣れぬ父と子の生態に戸惑う俺。 「…待つならそのまま待ってて。帰ってくれてもいい」 子供の食事は思った以上に捗らず、涼真はぶっきらぼうに俺に言い放ち俺の返答なんて聞く気も無い様子。 七割ほど食事が減った所で涼真は子供と風呂に入る為に部屋を出て行った。 その姿を見送って、俺はローソファーに座ったまま指を組んだ。 ツレないというか、寂しくね? 涼真とは幼馴染であんなに仲が良かったのに。 俺が一体何をしたんだ? なあ…教えてくれよ。 「まだ居たんだ」 「そりゃあな。その為に来たんだから」 風呂上がり、スエット姿で現れた涼真はバスタオルを首から掛けていた。 俺を気にかけて急いで戻ってきたのだろう、濡れた毛先から雫が落ちている。 「あ……部屋……ありがと……」 見回して部屋の様子が違う事に気づいた涼真は素直に礼を言った。 食事、風呂の世話、寝かしつけ……それから家事。 しなければならない家事がもりだくさん。 涼真が子供の世話をしている間に俺は自分が出来る事を勝手にやった。 散らばっていた衣類を畳み部屋を整え、食器類も洗って片付けた。 「暇だったしな…いいんだ、そんなのは」 俺の正面にやや距離を取ってラグに座わり、濡れた髪を拭きながら、涼真は言葉を探しているようだ。 俺は黙って涼真からの言葉を待った。 「郁弥がどう思おうが…俺は一人でちゃんと真咲を育てるから」 「一人で?ちゃんと?出来るのか?小さな子供なんだぞ」 思わず口をついて出た言葉に涼真は声を荒らげた。 「出来るって言ってんだろ!いくらお前だって俺の邪魔はさせないから!」 やや興奮して顔が紅潮している。 「……わかったから、落ち着けよ」 「…もう、帰ってくれ。やらなきゃならない事がまだあるんだ」 歯を食い縛って不貞腐れたような顔。 ……あぁ、お前昔から頑固だったよな。 「…わかった。今日は帰るよ」 とりあえず家も暮らしている様子も分かった。 これ以上涼真のストレスを増やしたくないし…。 俺は素直に立ち上がった。 「はあ〜……疲れた……」 玄関を入って靴をぬぐのももどかしい程、気持ちがくたびれてしまった。 涼真の家から駅に向かい線路を越えた向こう側に建つマンションに俺の部屋がある。 ここのマンションは七つ年上の姉、優羽(ゆう)の紹介で借りた物件。 一人暮らしには広すぎる3LDK。 涼真の住まいからこんな近い部屋を紹介されたのは偶然だろうか。 優羽は…知らないはず。 だから偶然には違いないんだ。 寄りかかった壁に手を付き、重い足取りで室内に上がった。 冷蔵庫からビールを取り出し栓を開けてぐっと煽る。 リビングの明かりをつけて目に飛び込むのは山積みになったダンボール箱。 「早く片づけもやらないとなぁ」 缶ビールを片手にビーズクッションに身を委ねた俺はゴクゴクとビールを喉に流し込んだ。 料理や掃除といった家事は嫌いではない… …だがこっちに戻ってきてまだ一週間、慣れない仕事や手続きがあって家の事に手が付いていないだけ。 それに…手紙… 咲百合(さゆり)からの手紙が俺の心を掻き乱すんだ。 涼真と結婚して子供を産んで、幸せに暮らしていると思っていた。 だけど… 「はぁ……」 考えるのも嫌になって俺は飲みかけのビールを台所に置き捨てて、風呂に入った。 両目を閉じて熱いシャワーを頭から浴びる。 脳裏に浮かぶのは、涼真、君の事。
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