想い出が褪せる頃

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…男同志だし… …中黒が勝手に絡んできただけだし… 脳内で何故か必死に言い訳する俺。 「香束、手が留守だぞ」 「あ…すみません」 パソコンに向かって一向に動かない俺に気が付いた佐藤リーダーが向かいの席から声を掛けてきた。 隣で作業している四年先輩の中野さんは“ しょうがないな”というような同情の目で俺を見ている。 朝、同期に絡まれてる所を涼真に見られて、それだけで気持ちがソワソワして落ち着かない。 「はー…すみません」 「まだ帰って来て一週間?疲れた?」 「いや、そんなんじゃないんで大丈夫です」 「無理はするなよ」 「ありがとうございます」 はぁ、と一つため息を落としてパソコンに向かった。 俺は新入社員として働きだして三ヶ月経った頃、選ばれし者としてアメリカにある関連会社に出向となり、約一年半現地で地獄の様な日々を送った。 最初は何で俺が!と思ったが、ちょうどヤケクソになっていた時期だったのである意味渡りに船ではあった。 アメリカでの生活は…今となっては太平洋に沈めたい思い出だ…。 「コホン…」 「はは…」 静かに咳払いをする佐藤さん。 再び動かなくなった俺を佐藤さんは気にかけてくれているようだが、涼真の事が頭から離れず正直仕事が手に付かない。 「こんなんじゃダメだよな…」 両手でパン、と顔を叩いて俺は仕事に没頭すべくモニターの画面を睨んだ。 「あ〜ツイてない…」 ぼんやりしていたせいで業務が押し、食堂に出遅れたせいで楽しみにしていた本日の目玉のカツカレーがもう品切れ…。 「今日はカツカレー食べたかった…」 キツネうどん(大盛り)に話し掛けるが返事なんかある訳ない。 つゆに沈んだ白いうどんを箸ですくってズルズルと啜る。 「はぁ……んん?旨っ!」 え?うどん、前より美味くなってんじゃん。 社食スゲェ…。 空腹の俺はうどんをズルズルと勢いよく腹に収めていく。 「よ、いい?」 目の前に唐揚げの乗ったトレーを置く男…なんだ中黒じゃないか。 「え、やだよ」 朝のアレを思い出し拒絶してみる。 「何?うどん食ってんの?若いんだからもっとボリュームあるの食べなよ!」 どこのジジイの説教だよ!そして人の話聞け! 「そう?悪いな」 俺は中黒のトレーから1番大きな奴を摘んで口に入れた。 へへん、仕返しだ。 「あふあふっ!わ!旨」 「だろ〜、違うって!勝手に食うなよ!」 中黒友仁は人との距離が異様に近いが凄く気遣いの出来る良い奴で同期の中で一番よく絡む。 「今日は遅いんだな」 「言ってる中黒だってそうだろ?」 「そうだったわ。うっま!」 まだ湯気の立つ唐揚げを美味そうに食べる中黒は何かを思い出したように俺の顔をじっと見た。 「こっちに戻ってきて…十日?」 「んにゃ、一週間ってトコ」 「東藤の事…知ってるか?」 東藤…涼真の事…? 中黒が声のトーンを落として呟いた。
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