想い出が褪せる頃

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「揃ってのお帰りかよ」 真咲の肩を抱いたままで扉を開けると、玄関先で涼真が嬉しそうに俺たちを出迎えてくれた。 「焼かない焼かない」 「父さん。偶然だから、ね」 それから男三人でぞろぞろとリビングに移動し、早速涼真はテレビをつけた。 「郁弥、今日の入学式の!見てよ!」 「うおお!サンキュ!」 涼真がリモコンを操作すると次々とテレビモニターに映し出される写真。 涼真は俺が帰ったらすぐにでも見られるようにと準備万端整えてくれていた。 撮り始め、カメラ目線の真咲はちょっと不貞腐れたように見えたが枚数が進むにつれてその表情は優しく変わっていった。 時々、苦しいのか襟を緩めるような仕草をする。 真咲の通う学校はレトロな詰め襟の学生服なんだぜ? 「ウチの子が一番カッコイイ!」 「とと、恥ずかしから…外では言わないでよ」 やや嫌そうな真咲のツッコミ。 「もちろん(言う)」 会社で何を言おうが真咲には分からないだろうし。 「郁弥、ウチの子って…」 「違わないだろ?」 「…うん」 湿度を持った声に振り向くと…ヤバい…涼真が涙ぐんでいる。 「…僕、勉強してくる」 「え?まだ授業始まってないのに?」 「教科書は貰ったから」 涼真の心の内を知ってか知らずか、真咲はそう言ってパタンと静かにドアを閉めてリビングから出ていった。 真咲も自分の写真見てもしょうがないし、…涼真も泣いちゃってるし。 ソファーに座る俺のすぐ横に涼真は座り、僅かだが肩を震わせている。 「ほら、ティッシュ。一緒に見よう」 「…ん、ありがと…」 真咲の晴れ姿を涼真と二人で最後までみた。 「卒業式は絶対に、行く!」 「無理しなくていいよ」 「いや、次こそは!」 三年後は俺は涼真と二人で真咲の卒業式に出席したい、そう強く思った。 入学式から二ヶ月、心配はしていなかったが真咲の新生活は特に何の問題もなく送れているようだ。 真咲が選んだ部活は水泳部。 理由は…特に大きな大会には出場しない部だから、だそうだ。 好きに自由に泳ぐだけ…ま、それもいいんじゃない? 俺も泳ぐのは好きだし、気持ちは理解出来る。 今は筋トレが主だがそろそろ泳げるようになるし、泳ぎ始めたら大会なんかも意識するかもしれないし。 とにかく真咲は手のかからないしっかりとした子。 真咲が俺を本当に必要とする時が来るまで、…でもそんな日は来ない気もするが…俺は静かに真咲の近くにいたい。 そして中間テストも先週終わり、今日から真咲は二泊三日の校外研修。 集合場所は学校近くの幹線道路沿い。 俺は真咲の荷物を持ってバスまで見送る気でいた。 「郁弥は俺とここまで。真咲、気をつけて行ってらっしゃい」 「…やっぱ集合場所まで送るって!」 「過保護!」 移動教室ってやつで八ヶ岳辺りに行くらしい。 親元を離れた集団行動、ハイキング、あとは…クラスメイトとの親睦を深めたりするんだろう。 「行ってきます」 大きなリュックを背負ったジャージ姿で早朝家を出ていった。 「寂しいな」 「俺がいるじゃん」 「…うん」 「こんな日位…郁弥の事、甘やかしてやるよ」 …ドキン… 真咲に向けるものとは別の…俺にだけ見せるはにかんだ笑顔。 「…いっぱい…甘えさせて…」 涼真の耳元で囁き、耳朶を柔く噛んだ。
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