想い出が褪せる頃

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「東藤…?何かあった…?」 ふざけていた声のトーンが真剣なそれに変わると中黒はそれを察知してかいつものチャラい物言いになった。 「あ…、ないない!気のせいだったわ!ほら、早く食わねーと時間無くなる!」 唐揚げを口に突っ込んでほっぺたを膨らます中黒はわざと俺と会話出来ないようにしている…。 …気になるが…でもその事についてもう中黒が口を割る事は無いだろう。 目の前の男の表情を追いながら俺は出汁の効いた油揚げを咀嚼した。 中途半端な情報が俺を不安にさせる。 時計を見れば終業時間まであと一時間。 …あ〜あ、気になって仕事に身が入らない…。ちょっと気が引けるけど…奥の手を使うか…? 俺はちらっと佐藤さんを見た。 「ん?香束、どうした?」 すぐにそれに気づくとは…さすが!と思っても顔には出さない。 「あの…体調がすぐれないようなので少し早く退勤してもいいでしょうか…」 うなだれ感を出しつつ、下から見上げるように…。 「風邪か?ひきはじめが肝心って言うし、明日もあるからな。あと少しだからもう帰っていいぞ」 「…すみません。ありがとうございます」 …よっしゃぁぁ! 顔とは真逆のガッツポーズを心の中で掲げ、俺はそそくさと会社を出た。 涼真の家の玄関前で待つのが確実なのは分かってる。 でも近所の目があるし、何より涼真に話が出来なくなるほど嫌われたくない。 考えた末、あのスーパーの惣菜コーナーにまたもや身を潜めた。 涼真は家事が得意じゃない。 だから毎日に近い形でここに来るはず! 周囲の痛い視線には気付かない体で俺は涼真を待った。 「涼真遅いな…」 二時間ほど過ぎた頃、俺は…ふと我に返ってしまった。 退勤して保育園にお迎えしてからのスーパーと仮定すると、俺は定時で退勤してから来ても間に合う計算じゃん! だが過ぎてしまった時間は戻らない。 とにかく涼真を逃がさないように、俺はじっと身構えていた。 「うっ…ひっく…ぱぁぱぁ…あぁん〜」 まあまあのボリュームで泣く子供。 あれは涼真の子供だ。 昨日と同じように涼真に抱っこされているが、今日は涼真のスーツに顔を埋めてグズグズと泣いていた。 「もう勘弁してくれよ、真咲」 相変わらず大きなバッグを下げて子供をあやす様に体を揺らしながらカートを押している。 「今日はどうしてそんなに機嫌が悪いんだ?パパに教えてくれよ」 「うぇ…ふぁぁぁん…」 もちろんまともな答えなんかは帰ってこない。 「ぱぁぱ…あ〜ん…うぇぇぇぇ〜」 「うわ…本格的にきた…」 涼真は上を向き、カートから離した手で顔を覆った。 …大分参ってんな… …あ〜どうしよう…ええい! 見ていられず、涼真の眼の前に飛び出してカートの持ち手を掴んだ。 「ほら、買い物!カート押すから早く品物入れろよ」 「郁弥…どうして…」 驚いた顔をして涼真が俺を見つめる。 「子供がぐずってんだろ?早く買い物済ませて店出ようぜ」 「う…うん…」 どさくさに紛れて俺は涼真が住むマンションへ一緒に向かった。
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