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「どうぞ」
「…ありがとう…」
湯気の立つコーヒーカップを涼真に手渡して、俺はリビングのテーブルに向かい合うように座った。
さっきすぐにでも話出そうとした涼真だったが、いざ話そうとすると言葉がなかなか出てこなかった。
だからまず飯を食ってからにしようと俺が提案したんだ。
黙ったまま二人でトーストを齧ってその後俺は回していた洗濯物を干し、コーヒーを淹れた。
砂糖とミルクたっぷりの甘いコーヒー。
もう、涼真はあの頃のような子供のじゃない。
今まで聞きたかった事が山ほどある。
…何から話してくれるのか…
俺と向かい合って座っている涼真は手のひらでカップを覆い、コーヒーの液面を見つめていた。
眉間に寄った皺は、あの日…まだ赤ちゃんだった真咲がスーパーでぐずって泣いていた時に見たよりも深くて、俺も涼真も少し歳をとったんだと感じた。
聞かなくても、いい。
このままこの生活を続けても。
…でも涼真が打ち明けてくれるなら…どんな内容でも俺はちゃんと最後まで話を聞きたい。
コーヒーを一口飲み、涼真が口を開いた。
「俺、コーヒー飲めるようになったんだけどさ、咲百合がね…郁弥はコーヒー好きだから飲めた方が楽しいわよって言ったからなんだ」
「咲百合が?」
頷く涼真。
「前にも言ったろ?同士だって。咲百合は…俺の事を愛していた訳じゃないんだ」
咲百合は涼真を…愛していなかった…?
「咲百合が好きだったのは、…大崎先生」
「……」
それは涼真から以前聞いた覚えがある。
「でも先生は教師で結婚していて、…相手は中学の教え子。常識的に無いだろ?」
「…うん」
相手は未成年で、自分は教師。
しかも妻帯者だったら…もう刑法でも倫理的にも…有罪案件だろう。
「当然、先生は咲百合を全然相手にしなかったんだ」
「だろうね」
「でもね…咲百合はずっと先生のことが好きで…」
視線が虚ろに彷徨い、だんだんと辛そうな顔をしても涼真は話を続けた。
「…報われないから止めろって、俺、言ったんだよ?でも…」
テーブルを見るとコーヒーカップを持つ涼真の指先が白く震えていた。
「でもね、咲百合がさ、…郁弥の事 簡単に諦められるの?って聞くんだ。…おかしいだろ?」
涼真の目が己を嘲笑っているように見える。
「だって、俺は咲百合とは違って同じ土俵にも上がれない…」
「涼真…」
「異性なら…時が経てばチャンスがあるかもしれないけど…俺には…それが一生無いんだ…」
「……」
先生への想いを諦めない咲百合と、俺への想いをひた隠しにするしかなかった涼真。
誰が正解かなんて、…どれが正解かなんて分からない。
「俺は咲百合が心底羨ましかった」
伏せ目がちに視線を落とした涼真が何かを決心したように唇をキュッと結んでから細く息を吐き出した。
「……愛する人の子供を産んだんだから…」
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