想い出が褪せる頃

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「俺がいる…涼真」 「…っ…うぅ……」 腕の中で震える細い肩。 生と死と、…短い間に涼真は正反対のものに向き合った。 産まれたばかりの真咲と、死んでしまった咲百合。 日々の生活に緊張し、必死だったに違いない。 「…あ…りがと…」 涼真はやや俯いて俺の胸を押した。 そして涙で濡れた顔を手のひらで拭きながら涼真は続けた。 「…クリスマスは三人で出掛けようって、…大きなツリーを見に行こうって…」 そう…冬だった。 「…でも…咲百合が風邪をこじらせて……あっという間だった……」 …年明けの寒い冬の日に…日本から… …咲百合からの手紙が俺に届いた。 「真咲に風邪をうつしたらいけないって…咲百合は別室で休んだんだ。次の日は金曜日で、大きなクリスマスツリーが見たいって咲百合が言ってたから俺はこっそり有給を取って…驚かせようとして…」 「…うん」 「その日は朝から暖かくて…出掛けるにはちょうどいいって…俺は浮かれて…真咲と起こしに行ったら…もう…咲百合は……」 「…いいよ、涼真。もう…」 押し返されても再び涼真の頭を胸に引き寄せる。 声を殺して、悲しみを自分の中に閉じ込めて…ただ小さな命を守るために、そうやって涼真は過ごしてきたんだろう。 「…綺麗な顔をして…まるで眠ってるようだった。苦しまずに天国に逝ってしまったようだって医者が言ってた…」 「…わかったから…」 …もういい。 …そんなに悲しい顔、しないで…。 「真咲は…俺の宝物なんだ…。俺に生きる意味をくれた、大切な…」 頭を抱き髪を愛おしく撫でた。 自身の、本当の子ではない真咲。 でも…求められて涼真は必死に応えようとしてきたんだ。 「真咲はいい子に育ってる。…育てたのは…間違いなく涼真…お前だ」 「…俺は…咲百合を愛していた訳じゃなかった。でも、同士として…見過ごせなかった…。真咲の事だって…下心があったから…。俺が欲しくても手に入らない、諦めていた…家族…」 「…真咲の父親は…、家族はお前だ、涼真。間違いない。もう、一人で苦しまなくていい」 俯いていた顔を上げた涼真と目が合った。 泣きすぎて瞼は腫れぼったく、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。 …でも…愛しい。 …優しくて、強くて、美しい。 …俺が…愛する人…。 「俺がいるだろ。…俺と生きていけば、いい」 「でも…郁弥は俺とは違う…!」 「何も違わない!違う事なんて、何も無い!」 ゆっくりと顔を上げた涼真の瞳が揺れた。 「…いいの?本当に…いいの?」 「嫌だって言っても…絶対に離さないから…」 「…俺だって…離れてやらない…」 胸に顔を埋め、おずおずと俺の背中に手を回す涼真。 控えめに抱かれて、俺は…ギュッと抱き返した。 温かな体温が気持ちいい。 だが腕の中の涼真はモゾモゾと動き出し俺を見上げた。 「イチャイチャ…する…?」 「…あ…」 赤くなった目元で見つめられ…ドキンと胸が高鳴った。 「うん、しよう。イチャイチャしよ」 涼真を抱えるようにして俺達はリビングを出た。
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