想い出が褪せる頃

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太陽は概ね姿を隠してしまったが空はまだやや赤みを帯びていて夜にシフトし始めた時間帯。 俺と涼真は二人で買い物に出掛けた。 まだ甘い雰囲気を纏っているせいで手を繋いで歩きたい気分だったがそこはグッと我慢。 二人ともジーンズにシャツという似たようなラフな姿で外に出た。 今日はいつもと違う所、隣駅のスーパーに向かっている。 夕飯の買い物には少し時間が遅いのか…店の前には人影がまばらだった。 もう少ししたら仕事帰りの人達で賑わうのだろう。 遅い朝ごはんを食べてから時間が経ち、歩いている途中で幾分空腹を感じ始めた俺。 スーパー目前のキッチンカーから漂うたこ焼きのいい匂いに引き寄せられてしまった。 「なあ、これ食べようぜ」 ズボンのポケットに手を突っ込んでるから肩で肩を叩いた。 それに応えるように涼真は肩をくっ付けて頭をこっちに傾ける。 うわっ!涼真がデレてる? 滅多に無い涼真のデレにドキンと胸が高鳴った。 でもね、ここは外。 羽目なんか外せない…。 「今?」 「もちろん。あ〜、粉物っていい匂いするよな〜」 美味そうなソースの匂いを胸いっぱいに吸い込みながら車体に立て掛けてある看板を見た。 「一舟七個入り…二舟買おう!」 満面の笑顔で同意を求めれば、やや苦笑い風に涼真は笑った。 「全く郁弥はしょうがないなぁ」 …あぁ、可愛い。 ちよっと呆れた風に言うその顔も。 無意識のうちに手が伸び、涼真の頬を撫でていた。 「ここ、外!」 「ひゃっ!」 口をへの字にして俺に抗議する涼真。 「…スマン」 すぐに謝ると涼真は顔を赤らめて唇を尖らせた。 「もう…米十キロ買って持たせるからな!」 そんな涼真の言葉は聞かなかった事にして、俺はキッチンカーにいる従業員に声を掛けた。 「すみません、たこ焼き二舟下さい。ソースと鰹節たっぷりで!」 ショーケースに腕を置いて車内を覗くと、中にいた男が俺を見下ろした。 「…ッ…!」 客が声を掛けたというのにその男は一歩奥へと後ずさり驚いた様な素振りを見せた。 「…はい…あの…少々お待ち…頂けます…か…」 …ん?この声…この顔知ってる…! じっと見つめると男は観念したようにこちらに顔を見せた。 「え…!何でぇ?」 正面から顔を見て、驚きのあまり上擦った声を出してしまった。 「そんなに大声出さないでよ…郁…」 「だ…って…予備校は?」 「…今日はもう終わってるし」 夏羽がメガネ、マスク、そしてオーバーサイズに見える割烹着を着て上から俺を見下ろしている…。 「アルバイト…?してんの?」 「ん…まぁ、臨時」 「姉ちゃんは知ってる?」 「……」 「あーーー…」 黙ってやってんのか。 「学校的には大丈夫なのか?」 「…まぁ、そこは…」 「親に内緒は感心しないけど…理由、あんだろ?あ、そうそう、たこ焼き二舟ね!」 ただ喋ってるだけだと夏羽の査定に響くからと俺はとりあえず注文をした。 初心貫徹ってやつだ。 「何時までやんの?」 「臨時だから今日はもう終わり」 「そっか…。じゃ、待ってるから終わったら一緒に帰ろう」 「……うん。はい、これ…」 レジ袋に入ったたこ焼きを受け取って代金を払った。 「…お釣りです」 「…後で、な」 夏羽は何か言いたげだったが、黙って頷いてくれた。
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