想い出が褪せる頃

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スーパーの前は小さな広場のようになっていて俺と涼真は隅に置かれた赤いベンチに並んで座った。 膝の上にはさっき買ったたこ焼きが乗っている。 袋の口を広げて串をズブっと突き刺して涼真の口元に運んだのだが涼真の手はやんわりとそれを拒んだ。 「ムリ…」 「…嫌いだっけ?」 「…違うって。ここどこ?」 「どこって…あ!ゴメン…」 さっきもつい涼真の頬を撫でて涼真に嫌がられたばかりだというのに。 正直、誰も俺たちの事なんて気にしてないとは思うけど…涼真が嫌がる事は極力避けたい。 …仕方ない、俺だけ食べるか。 たこ焼きを二つ串刺しにしてふーふーと息を吹きかけた。 パクっと食いつくとソースのいい香りに閉じたはずの口が緩み、口角から涎が溢れかけてしまう。 「あっ…ふっ…!はふはふ…ぅんまい!」 まだ焼きたて感があって外側がカリカリしてるのもいい。 かつお節も青のりもソースとマヨネーズにまみれて口の中でたこ焼きの味に変化が出来るのも、いい。 「美味そう…」 「たべふ…?」 「…いや、いいよ。帰ってからにする。もう、早くスーパーで買い物!」 のんびりと食ってる場合じゃなかったか…。 「行こっか」 声を掛けてからあと一つだけ、熱っついたこ焼きを口の中に入れて はふはふしながらお行儀悪くスーパーに入った。 青果売り場から始まり、鮮魚、精肉と見て回る。 いつもの店と若干ラインナップは違うが商品構成はほぼ同じ。 あっさりと買い物を終えてキッチンカーの脇まで来ると、夏羽が俺達を待っていた。 「もう終わったのか?」 「うん」 「悪いな、邪魔しちゃった感じ?」 「そういう訳じゃないから…大丈夫」 半袖の白いTシャツにジーンズ。 見かけは小さな時と同じ服装なのに、夏羽は随分と大人びた雰囲気に見えた。 男三人、住宅街を無言で歩く…。 昔は いく、いく、と俺に甘えてだっこを所望してきたのに、今日の夏羽は黙って後ろを付いてくる。 成長するってこういう事なんだ。 何だか寂しさを感じてしまう。 一緒に帰ろうと言ったのは俺なのに、何を話したらいいのかやや戸惑っている。 夏羽の家は裕福だからアルバイトする理由は見当たらない。 …でも親に内緒ってトコロが俺には引っ掛かるのだ。 並んで歩く涼真がそんな俺の顔を覗き込むような仕草をして、ウインクして見せた。 「そうだ夏羽くん、ウチで晩ご飯食べていきなよ」 「え…?」 「今ね、真咲が家にいないから少し寂しいんだよ。郁弥のご飯、めちゃウマだよ?いいだろ、郁弥」 「あ…ああ、もちろん。俺の料理の腕前、見せてやんよ」 ドヤ顔でそう言えば夏羽はクスッと笑い、足を止めた。 「じゃあ、お言葉に甘えて…美味しいご飯食べさせてください。郁弥叔父さん」 叔父さんは余計だっつーの。 「おおう。楽しみにしてな」 凄いな、涼真。 涼真の提案はこの場を一瞬で和ませた。 帰宅早々に米を研ぎ、食材の準備。 視線を感じて振り向けば台所の隅で夏羽が居心地悪そうにこちらを見ていた。 「優羽に連絡したか?」 「メール送ったらすぐに返信が来て、いいって」 「それじゃ、手洗ってからコレ」 いつも真咲が使っているエプロンを夏羽に向かって投げた。 「これ…?」 「働かざる者食うべからずってな」 「料理は…あんまり…」 「教えてやるからさ、身構えんなよ」 「…うん」 すぐにエプロンを装着する夏羽は昔と同じで素直なままだった。
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