想い出が褪せる頃

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「……ッ…」 興味や好奇といったものでは無いにしろ、夏羽の視線が胸に突き刺さる。 もちろんいつまでも隠し通せるとは思ってなくて、何時か…誰かに聞かれるんじゃないかと…ずっと感じていた。 ただ、…それを最初に聞いてくるのは真咲なんじゃないかって…そうも思っていた。 「…どうしてそう思うの?」 努めて平静を装って聞き返す。 「…真咲のお父さんと…仲がいいから…」 どこまで気づいているか分からないけど…やっぱり分かってしまうのか。 「涼真とは幼馴染みで付き合いも長くて…あ、そういう付き合いが長いって意味じゃなくて…」 誤魔化してしまおうか…それとも…本当の事を言うべきか…。 迷いながらも事実を打ち明けようと決めた。 「俺は…自分の恋愛対象は女性だって思ってたし、男が好きな訳でもない」 「…うん…」 「…でもね、涼真は…特別なんだ」 「……」 「涼真を助けてやりたい。笑顔を見ていたい…」 …辛そうな顔は…見たくないんだ… 「…そう、強く思うんだ」 夏羽はじっと俺を見つめていた。 「…そうなんだね…」 そう言って視線を外し、子供らしからぬ憂いを含んだ視線を床に落とす。 …まさか…夏羽… 親でもない俺が子供にこんな事を聞いてもいいのだろうか。 「…夏羽は…男の子が好き…なの?」 そう問うと夏羽の瞳が揺れた。 「…わからない…」 ああ。 この子はこんなに早くから自分の内面と向き合っているのか…。 右手を伸ばして、そっと夏羽の頭に触れた。 ポンポンと小さな子供にするようにあやして、細い肩を抱き寄せる。 「今すぐに答えを出す必要はないんだ。ゆっくりと大人になるまで考えて…」 ふと、見上げるように俺に視線を寄越す夏羽。 「…大人になっても…考え続けていいんだ…」 それからしばらくは二人とも黙りとしてしまって、若干の気まづい雰囲気の中に片付けを終えた涼真がリビングにやって来た。 「話は出来た?」 「…ん…、まあ…」 俺が夏羽の肩に腕を回しているのを見て涼真は何かを悟ったようで、俺に向かって軽く頷いた。 「夏羽くん、僕はね…」 涼真は柔らかく笑い 俺のすぐ脇、ソファーの肘置きに浅く腰掛けて夏羽に話しかけた。 「…僕は今とても幸せなんだ」 「……」 「真咲がいて、郁弥がいて…そして夏羽くんや、夏羽くんの弟妹にご両親…たくさんの人と関わって暮らしている。僕一人じゃ…とてもこうは出来なかった」 そう言って涼真は俺を見た。 「郁弥が、…僕を助けてくれたから…だから…今、こんなに幸せでいられるんだ」 ゆっくりとひと言づつ確認するように話す涼真。 「りょ…涼真さんは…叔父さんの事…」 「うん、大好きだよ」 「…それは……」 夏羽は目を逸らし、酷く悲しそうな顔をして言い淀む。 だが結んでいた唇が開くと絞り出すような声で呟いた。 「……許される事、なんでしょうか…」 「夏羽!」 「待って、郁弥。…夏羽くん…」 涼真は俺から離れてソファーに座る夏羽の目の前に跪いた。 「…誰に許しを求めて…誰に許されなければならないの?」 「…そ…それは…」 「僕は…ただ…好きな人達の中で…静かに生きていきたい…それだけなんだよ…」 「……」 「僕の事を…許せない、と思うならそれでも構わない。姿も見せないようにする。だけど…」 穏やかだけど、強い意志を持った涼真の言葉。 「郁弥と真咲を…拒絶しないで欲しい」
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