想い出が褪せる頃

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三人で朝食を取った後、夏羽は『お世話になりました』なんて大人ぶった言葉を残して帰って行った。 使った食器類を片していると涼真が後ろから肩に顎を乗せふぅ、と一つ息を吐く。 「夏羽くん、大人になったね」 「ん?まだまだ子供だよ」 「ふふ…そうかな?」 人生の中、子供でいられる時間は短い。 子供のうちは大人のような制約の無い世界で伸び伸びと過ごして欲しかった。 『…僕ね…好きになった子…男の子なんだ…』 昨日の真咲の言葉が頭に浮かんだ。 人に好意を持つのはいい、と思う。 でも好きな子の話はあんな苦しげな顔でなくて笑顔で言って欲しかった。 もちろん…全てが上手くいく訳じゃないのはわかっているけれど…。 「好きな子…かぁ…」 紆余曲折を経て、まとまるか、まとまらないか… 結果は最後まで分からない。 「夏羽くんの好きな子って…きっと…素敵な子だよ」 「…そうだよな」 あの子の周りが全て敵になってしまっても… 「俺は…味方でいたい…。ん?」 後ろから涼真が俺を抱きしめた。 すりすりと首筋に頬を擦り付け、温かな体温が直に伝わってくる。 「コーヒー淹れようか」 「うん…ありがと」 …こんな風に、日常が穏やかに過ぎていけばいいのに…。 真咲のいない三日間はあっという間に過ぎてゆき、土曜日の夕方には明るい声が戻ってきた。 「お土産はね、漬物とお蕎麦とお饅頭!」 「渋っ…!」 「どれも美味しそうじゃん!明日は蕎麦にするか」 「やったー!」 真咲のリュックサックの一番上にはお土産が詰め込まれていた。 大事そうにそれを涼真に笑顔で渡す真咲。 もちろん受け取る涼真も嬉しそうだ。 真咲は初夏の日差しに幾分焼けて帰って来た。 男らしくなってんじゃん。 「どうだった?楽しかった?」 「ハイキングが地味に辛かった」 部活で筋トレとか基礎練してんのに? 「皆歩くの遅くて。写真撮って時間潰してた」 「そっか。後でテレビに繋いで見ようぜ」 真咲は記録班でカメラの携帯が許可されていた。 この校外研修を機に、俺のお古のカメラを真咲に譲ったんだ。 最新機種ではないけれど、小型で使いやすそうな物を。 写真は贅沢しなければプリントしない限りお金もかからない俺の趣味の一つ。 とは言っても風景写真やスナップ写真を撮るくらいで、それでも最近は真咲と涼真しか撮っていない。 「とと、今日の晩御飯は、何?」 「今日は…何だと思う?」 「魚かな、お肉かな?何でもいいよ、美味しいから!」 校外研修がよほど楽しかったのか夜までずっと真咲のテンションは高かった。 食事を終え風呂に浸かり真咲の撮った写真でスライドショーを楽しんでいたらもう子供は眠る時間。 「とと、まだ見てるの?僕もう寝るね。おやすみなさい」 「おやすみ」 真咲は就寝時間にはちゃんと部屋に戻り、眠る支度をするんだ。 こういう所はきっと同じ年頃の子供よりしっかりしている、と思う。 だけど俺としてはもう少しだらしなくてもいいんじゃないかって思う時がある。 真咲がそういう性分でやってるならいいけど…。 「郁弥、早く風呂に入っちゃいなよ」 「あ、今!今入るから!」 テレビ画面には広大な風景と同級生の子供達。 真咲はどんな気持ちでこの写真を撮ったんだろうか。 明日、聞いてみよう。
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