想い出が褪せる頃

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「…という訳で明日から休みなんだ」 「今日は水曜日だから…四連休?うわ~、いいな~…」 突如降って湧いた有給の話を帰宅早々涼真に報告するとさも羨ましげに涼真はそう言った。 俺だけ悪いな、とは思うが今月の残業時間はかなりエグい。 「…ととお休みなの?」 リビングのソファーでテレビを見ていた真咲が俺と涼真の話を聞き返した。 「おうよ!」 「ふ〜ん…」 「真咲は明日から学校だもんな」 「でも明日は始業式だから…いつもよりずっと早く終わるよ」 「そうか。じゃあ昼飯は二人で食おうな!」 「…うん」 何気ない会話。 明日は真咲と昼食を取る…そんなありがちな話だった。 「さて、掃除はもういいか。昼飯の準備…あ、その前に廊下の照明が切れそうだった」 そうなんだ、最近ちょっと暗いんだ。 他はLEDに替えたのに、ここだけまだだった。 予備の電球を納戸の中から探し出して…うん、あった。 「脚立を立てて…よっと、楽勝!」 交換に使った脚立を畳んだタイミングでちょうど洗濯機が鳴った。 「あ、第二弾が終わった」 持っていた物をその辺に置いて洗濯機のもとへ。 「早く干さないと…。午後から少し雲が出るみたいだし…」 若干気が急いていたのは違いない。 暑かったし、真咲が帰ってくるし。 昼飯の事なんかも考えていてあっちこっち思いつく事から片付けていたんだ。 「そういや…真咲は何時に帰ってくるんだ?」 そう思った時、玄関から真咲の声がした。 「とと、ただいま」 「お帰り」 「えッ…あ!、痛…ッ!」 「どうした?真咲!」 真咲の声とガタンという音がして俺は思わず洗濯カゴを投げて玄関に走った。 「真咲!大丈夫か?」 「へへ…転んじゃった」 玄関を上がってすぐの床に座り込んだ状態の真咲。 真咲の手は俺が置きっぱなしにしていた脚立を掴んでいる。 「もしかして、脚立で?ゴメン!」 電球を交換してすぐに洗濯物を取りに行ったからだ。 邪魔にならないように脱衣所に脚立を置いたはずなのに脚が廊下にはみ出ていたのか…ちゃんと片づければよかった…。 「大丈夫…。痛ッ…」 「足…捻った?」 「これぐらい…大した事…うわ!」 「向こうで見せてみろ」 まだ小柄な真咲を抱えてリビングに連れて行き、ソファーに座らせた。 制服のズボンの裾を捲り痛めた脚をソファーにのせて足首を触ってみると熱を持ちやや膨らんだ感触。 「いッ…たくないから…」 「このままだともっと腫れるな…ちょっと冷やさないと…」 急いで新品のスポンジと包帯、それから氷を持って真咲の元へ。 「こうやってスポンジで軽く圧迫して包帯を巻くと腫れが酷くならないんだ」 スポンジを半分に切って患部にあてて包帯を薄めに巻いた。 その上からビニール袋に入れた氷を乗せて手当は終わり。 「とと、ありがと」 「俺が悪かった。痛い思いさせたな」 「足よりお姫様抱っこされた方が痛いよ」 「ん?そうか?まだ軽いからな。涼真位までなら抱っこできる…」 俺はそこまで言ってしまった、と思った。 大人の男が同じ男を抱っこするってシチュエーション、普通じゃない。 真咲の手当が終わって気が緩んでいた。 「ねえ、とと。聞きたい事があるんだ」 真咲は真剣な眼差しで俺を見ていた。
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