想い出が褪せる頃

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真咲と二人きり、向かい合って食事をとるなんて幾度もしてきた事。 でも、今日はいつもとは少し違う気がした。 真咲と作ったチャーハンは美味しかったけれど何だか喉を通らなくって、胸がいっぱいのまま食事を終えた。 「ととは…僕に何か話せる事はあるの?」 真咲はさっきの話の続きがしたいのだろう。 「そうだね…俺は真咲を育てる涼真をサポートしてきて、涼真も真咲も一生懸命に生きてきたって思うだけだよ」 「ふうん…」 表面上真咲はいつもと変わらないように見える。 でもきっと張り裂けそうなその胸の内でいろいろ考えいるんだろう。 「事実を知りたいの?」 「…うん」 「悪い事ではないよ。…でもね、たった一枚の紙切れに書いてあるような事実だけじゃないって事、忘れないでいて欲しい」 「……」 真咲がどこまで理解してくれるのか…涼真との関係を改めてどう思うのか…悩ましい…。 「ご馳走様でした」 「ご馳走様、美味かった」 「ととが教えてくれたから」 そう…俺が、教えた。 親でも、兄弟でも、親戚でもない…俺が。 数の概念も化学変化も料理を通して教えてきたんだ。 真咲は家庭料理ならもう失敗することはほとんどない。 俺は使って欲しい食材を指示しただけ。 子供だからなのか器用なのか…飲み込みも早いし家事のセンスもいい。 「さ、片すか。終わったら一緒にスーパーに買い物に行かないか?」 「いいよ」 「後で声かけるから」 「分かった」 椅子から立ち上がってリビングを出ていく背中を、何だか目が離せなくて…俺はじっと見ていた。 「ただいま」 「おかえり。明日は?」 「うん、大丈夫。ありがとう、郁弥」 夜になって、いつもと同じように涼真が帰宅した。 顔にやや薄暗い陰が落ちているのはきっと涼真が俯いているから。 そして俺は一人で玄関まで涼真を出迎えたが上手く笑えているだろうか。 「本当の事、知りたいって?」 「うん」 「ついにこの日が来たか〜」 涼真も相当緊張しているようでおどけたような言い方をしているが目はちっとも笑っていない。 「とりあえず飯にしよう」 「ありがとう」 俺が先にリビングに戻り白飯を茶碗によそう。 何も言わなくても真咲は味噌汁を温め、三人分お椀によそった。 「お、ハンバーグ!美味そう〜」 「おかえりなさい。ハンバーグは僕が作ったんだよ」 「そりゃ楽しみだ」 部屋着に着替えた涼真はテーブルに着くと とびきりの笑顔で真咲に応えた。 今日は涼真と真咲が大好きなメニュー。 他人の俺が出来るのはこれくらいしか思いつかなくて…せめて二人の気持ちが少しでも前を向けるようにって好物にしたんだ。 「このハンバーグに掛かってるソース、美味いよな」 「これはね、肉汁にワインとソースとケチャップを混ぜて作るんだよ」 「へえ〜」 大口でハンバーグを咀嚼する涼真は若干目が潤んでいる。 でも俺は気が付かないふりをするんだ。 だって、今日は二人が親子として本当に試される日だから。
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