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「可愛いなぁ…」
俺に向かって手を伸ばした真咲は信頼と愛情を混ぜこぜにした表情で微笑んでいる。
写真の中には一切の穢れを知らない真咲とその隣には真咲を全力で守り育ててる涼真が同じ笑顔で写っていた。
「何か…寂しいな…」
子供が大人になっていくって、きっとこういう事なんだ。
パラパラとページを捲っていくと運動会の写真。
まだ小さかった真咲が一生懸命に走っていた。
「コレ、真咲が一等賞で涼真がめちゃくちゃ喜んではしゃいだんだ」
それから三人で俺が腕によりをかけて作った弁当食べて親子競技で綱引きしたり、一緒に踊ったり…。
思い出がどんどんと溢れてきて…俺は今頃思い知った。
俺は…何て傲慢だったのか。
涼真に手伝わせてくれ、なんて偉そうな事言ったけど…そんなのと全然釣り合わない程の思い出や子供と暮らす家庭の温かさを教えてくれた。
「真咲…ありがと…」
まだ暗いリビング、湿り気のある声で呟いた。
「何が?」
突然聞こえた声と気配にビクッと体が反応した。
「真咲…」
見上げればまだ目が開ききっていない眠たげな顔が視界に入った。
「とと、おはよ」
「…おはよ…」
「ふあ〜ねむ…」
伸びをしながらアクビをして、パジャマ姿の真咲は俺の隣にちょこんと座り、立てた膝を抱いている。
「とと、こんな時間から写真見てるの?」
体を傾けて俺の肩にコテンと頭を預けてきた。
こういう所はまだまだ子供だ。
俺はほんわりと温かな真咲の体にホッとした。
「いろいろあったなーって」
「ふーん…」
隣から真咲の指がページを捲る。
「あ、入学式!懐かし〜」
涼真が撮った晴れの日の写真。
ネクタイを締めてランドセルを背負って、緊張に包まれている一人前の子供の姿。
「入学式の時ね、凄く不思議だった」
「何が?」
「ウチはパパと ととなのに、他の家はパパとママがいる事」
…ドキン…と、心臓が大きく跳ねた。
「もちろん保育園の時も周りの子達にはママがいたんだけど…その時はよく分からなくて。入学式の時に僕にはママが居ないんだって初めて理解したんだ」
…理解した…
真咲が何気なく言い放った言葉は俺には分からない深い闇を含んでいた。
現在ではある種多様化した家族形成だが、最も一般的な形とかけ離れた所に真咲はいる。
父親と子供、という家庭なら多くあるだろうが…そこに俺という存在。
真咲は俺の事をどこまで理解しているのだろうか。
俺の事を嫌悪していたり、周りから何か言われたりしていないだろうか。
「真咲……」
「僕ね…薄々知ってた」
何を?なんて怖くて聞けない。
でも、肩に触れる真咲からは温かな体温が伝わってくる。
「父さんと…血が繋がってない事」
「……」
「父さんはAB型で僕はO型。血液型が合わない」
「…でも例外もあるから…」
「…それも知ってる。けど…」
「…え?」
「…昔、なっちゃんの家に…知らない女の人が来たんだ」
…知らない人…女性…?
「…孫に会わせてって言ってたけど…なっちゃんのお母さんは帰って欲しいって…」
「…それ…」
…先生の…?
「…大崎…って…言ってた…」
「その事、…涼真は…」
「…知ってる。だってその時言ったもん」
聡い子だから気づいてしまったのだろう。
真咲の体が強ばりアルバムに触れた指はキツく握られている。
「そっか…そうだったのか…」
いつかは分かる事…そう思ってた。
けどこんなに辛そうな二人に、俺は何もしてやれない…。
どんな言葉を言えばいいのか、どんな風に話せばいいのか。
あくまでも他人というポジションの俺は真咲に何をどう伝えればいいのか分からない。
…そもそも伝えた方がいいのか…。
それに、俺の存在について…
…真咲は…どう感じでいるのだろう。
「真咲はさ…俺の事……ん?」
じっとしている真咲の体の重みが増し、顔を覗き込めばその目は閉じていた。
すーすーと寝息をたてて。
「こんな時間だしな」
太陽がまだ姿を見せきらない早朝。
きっと昨日…いや、今日眠りについた時間も遅かったのだろう。
アルバムのページをゆっくりと捲って気づく。
肩から広がっていく真咲の熱が…愛おしい。
自分の子供ではないのに、大切に想い時間を共有するとこうも愛情が湧くのか。
…人生の中、子供でいられる時間は短い。
「ふふ…」
もう少しだけ子供に寄り添う立場を楽しませてもらおう。
俺は二冊目のアルバムを手に取った。
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