想い出が褪せる頃

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俺と涼真の小さな世界は小学校が終わる頃まで続いた。 幸せに包まれたジオラマみたいな世界。 見る物触れる物全てが輝いて、幸福な時間しか存在しない愛しいおとぎ話の世界。 だが魔法はいつか解ける。 小学校卒業まで一年を切ったか切らないかという頃だったと思う、二次成長の兆しが俺にかけられていた魔法を弱めた。 涼真に触れられると胸が痛み、身体の一部分が変化する。 今となってはごく当たり前の反応だったと思う。 だが当時の俺は酷く驚いて…自分を責めた。 他の男子の様にあるべきはずの異性への関心が全く無い。 同性の…涼真にしか関心の持てない自分。 そんな自分に、これは神様が与えた罰だと思い込んだ。 …自分は涼真から離れなければ… でなければ涼真が…涼真も、俺と同じように神様から罰を与えられてしまう… 今となっては謎だが、当時の俺はそう信じて疑わなかった。 「ん…?」 枕元に置いてある携帯が明るく光っていた。 日付を超えた真夜中、携帯が震える心当たりは無い。 「電話…誰…?」 眠くて閉じようとする瞼を無理やり開け、だが眩しさに再び目を閉じる。 「…unknown…」 一瞬目に入った文字は登録の無い番号からの発信である事を告げていた。 「んん…はい…誰…」 『郁弥…ゴメン…こんな時間に…』 だが電話の相手が涼真だと分かった途端に眠気はどこかに吹っ飛んで行った。 「涼真…?どうした?」 『 真咲が苦しがって泣いてるんだ。体も熱くて…どうしよう…俺…』 明らかに動揺した声。 「落ち着いて。これから行くから」 俺はベッドから飛び起きて上着と財布、携帯を引っ掴んで家を飛び出した。 息が苦しい。 肩を大きく上下させて新鮮な空気を取り込む。 タクシーは拾えず、結局ここまで走ってきた。 時間帯を考えて敢えて呼び鈴を鳴らさずドアノブを捻ると鍵は開いていて、俺は迷わず部屋に上がった。 奥の寝室に涼真はいた。 人の気配でこちらに振り向き、心配そうな瞳が俺を捉えた。 「悪い…こんな時間に」 涼真は落ち着かない様子で俺と子供の顔を交互に見遣る。 「そんなの、いいんだ…で、どう?」 「熱が…八度を超えて…眠りが浅くて…時々泣くんだ」 「吐いたりひきつけを起こしたりは?」 「…わからないけど…多分無い」 俺は医者じゃないし子供の面倒も見たことが無い。 でも、感覚的に緊急事態ではなさそうだ。 「かかりつけとか…救急病院とかは?」 俺の問いかけに涼真は目を逸らすが…ゆっくりと話し出した。 「実は…まだ病気らしい病気したこと無くて…」 「分からないのか」 朝まで待つか…救急病院に行くか…。 「ちょっと待って…」 俺は携帯電話を取り出し、画面をタップした。 「……あ、俺、ゴメンこんな時間に。うん…子供が具合悪くて…俺じゃない、涼真の子供!…うん、いい?ありがと、恩に着る…。涼真、行くぞ」 「…どこに?」 「病院だよ、支度して。保険証忘れんなよ」 右往左往している涼真にあれこれと指示を出し、俺は発熱に喘ぐ子供に手を伸ばした。
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