想い出が褪せる頃

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爽やかな朝。 だが反対に俺の眉間には若干の皺。 「本当に良かったのか?」 「本人が行くって言ったんだ、大丈夫だろ」 深夜まで真咲は涼真と話し合って疲れてるだろうからと学校を休ませようとしたのに…真咲は登校すると言って聞かなくて、あっさりと出かけてしまった。 残された俺と涼真は朝食の後、二人向かい合ってお茶を啜っていた。 真咲が真実を知りたいと思ったなら、俺達はそれに真摯に答えるのが責務だと思っていた。 そしてその話はきっと長くなるから俺は先に涼真のスマホに連絡を入れておいた。 “ 真咲が真実を知りたいって ”そう一言。 俺の意図を汲んで涼真は上長に掛け合って、今日は有給を取得。 引き続き真咲と向き合うと思ってたのに…。 「話し合いって言っても、事実を話しただけ」 「分かってくれたかな?」 「…どうだろう。…多分…」 涼真は見た目は落ち着いているようだが…本当の所は分からない。 でもきっと不安になっているはず。 涼真はテーブルに置いた手を強く握りしめて指が白くなっているのにも気づいていない。 ただ黙ってお茶を飲むのもいたたまれない雰囲気になり、俺は涼真にそっと話し掛けた。 「真咲は…勘がいい子だから何となく分かってたみたいだな」 「…うん」 「そもそも涼真と真咲の血液型が理科で習う遺伝に逆らってるしさ…」 「……うん」 「遅かれ早かれ…この日が来るんだし…あ、もう来ちゃったか、はは…」 「……」 暗い雰囲気を崩そうと話しかけるも涼真の視線はどこか遠くを見ているようで、心ここに在らずといった風だ。 「…はあ…。涼真、ちょっと俺の部屋に来てよ」 「…何?」 「いいから」 イスから立ち上がり俺はちょっと強引に涼真の腕を取った。 そして気乗りしない涼真を自室に連れ込んだ。 「ここ、座って」 「…うん?」 涼真をベッドに座らせて俺は涼真にぴったりくっ付くようにその隣に腰を下ろした。 そしてこっちにおいでとばかりに両腕を広げて見せた。 「ほら!俺に甘える!」 「…え?」 「いいから!早く!」 横から涼真の身体を抱き締め、左手で髪をまぜた。 「ほら、泣いても笑っても怒ってもいいから、な」 「何すんだ苦しいし、髪!ぐちゃぐちゃになる」 「ほ〜ら、これでどうだ!」 身を捩って俺から逃げようとする涼真の頭を胸に抱えた。 逃がさない。 俺は涼真を二度と離さないって決めてんだ。 たった一人で抱え込んで苦しまないでくれ。 そんな姿を見るのは辛いんだ。 「郁弥…苦し…」 強い力で身動ぎも出来ないように、キツく抱きしめたせいで涼真がもがいてバランスを失い、二人共勢いよくベッドにゴロンと転がった。 「痛てーだろ」 手の甲で俺の額をコツンと叩く。 「はは、ゴメン」 「ふ…はは…」 目が合った涼真は急に顔をくしゃくしゃにして声を上げて笑いだした。 「あははは…は…」 「…涼真…」 寝返りを打って俺に背中を向けたのはきっと顔を見られたくないからだ。 …本当は笑ってるんじゃない…。 「…はは…はッ…ふッ…うぅ…」 ほら、声が湿って涙混じりになってる。 「涼真…」 震える背中を、俺は…ただ抱き締めるしか…出来なかった。 「っ…う…ぐすッ…も…大丈夫…」 短い時間静かに泣いてから、涼真は身体に絡ませた俺の腕をギュッと掴んだ。 「俺…こんなに泣き虫じゃなかったのに…。真咲の事になるとダメなんだ。あの子がいないと…多分生きていけない…」 「うん…」 「郁弥!そんなんじゃダメだって、俺を怒ってくれよ!いつまでも甘えるなって言ってくれよ!」 「…言わない」 「何でだよ…こんな俺、最低だって…自分の為に他人の子供引き取って…。ただの自己満足だ…」 「そんな事ない。誰にでも出来ることじゃないの分かってる」 「でも…そのせいで真咲は傷ついて…俺に迷惑かけられないって…せめて勉強だけは自分の力で何とかなるからって…」 …ああ、だから真咲は涼真に気をつかって金銭的にも負担のかからない公立の学校を志望したのか。 そう悟らせないように偏差値の高い学校を受験して。 俺は胸の奥が苦しくなって涼真の背中に額を押し付けた。
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