0人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ(担当:蒼乃穂雪)
花の都とも称されるフランシェリスは、世界でも有数のエネルギー自給率百パーセントを達成した大国である。それも供給が不安定とされる再生可能エネルギーで、だ。
天然ガスを、石炭を、石油を一縷も使用しないクリーンな発電技術に世界各国は驚きつつもまず称賛した。有限な化石燃料を消費せずに電気を生み出せるとすれば、“持続可能な社会”という大願を成就できるからだ。
華々しい成功を携えて、大国フランシェリスは世界の救世主となる。誰もが信じて疑わなかった。
——しかしながら、事の複雑さを認識していたのは他ならぬフランシェリスだけだった。
「ふーん。面白いじゃない」
こじんまりとした劇場の客席に腰を下ろした少女が、尊大な態度で演劇を眺めていた。
良家のお嬢様である彼女の名はシエル・エルセン。フランシェリスのエネルギー関連事業をリードする三つの大企業、その一つに数えられる〈ショトレ〉の特別技師だ。
「小国エネルリア。エネルギー開発に躍起な有象無象の国家の一つと聞き及んでいたけれど、エンタメにおいてはやっぱり見所があった」
シエルは劇の終幕を思い返して、涙ぐんでいた。そして、この演目を見逃さずにチケット予約した私はなんて冴えているんだ、と自画自賛した。エネルリアへの入国にあたって観光業を徹底的にリサーチした賜物と言えるだろう。
「ただ、ね?」
大通りの雑踏に紛れていたシエルが不意に歩みを止めた。混雑した道のド真ん中で立ち止まる少女に、観客たちは怪訝な表情を浮かべたが、再び劇の余韻に呑まれてどこ吹く風だ。
正しい価値が評価されていない宝石のように、少女は道端の石ころになっていた。
「金のなる木になってあげるつもりは毛頭ないわ。祖国フランシェリスの技術はフランシェリスが為にある」
少女が小声で呟いた思惑にエネルリアを慮る気持ちはない。エネルリアは大枚をはたいて自国に呼び込んだ技術者が、すんなりと秘術を提供すると考えている。
それもそうだろう。なにせこの技術交流は国内総生産比にして七パーセントもの金額を、エネルギー企業大手〈ショトレ〉に支払うことで最終合意に至ったからだ。
「ま…私に手を尽くす義理があれば、話は別だったんだけど」
こうして、親善大使のシエルは研究所から姿を消した。
消息を眩ました彼女の行方を追って、大規模な捜索隊が編成されたにも拘わらず、発見には至らなかった。
最初のコメントを投稿しよう!