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第一章(担当:蒼乃穂雪)
——大使が消えて、一カ月経った。
けれども、世間は平穏そのものだった。代り映えのない日常が繰り返されるだけだった。なぜなら、大使を招いたこと自体が密約であって国民に開示されていないからだ。
もしも実情が明るみになれば、政権への非難は殺到するだろう。それこそ支持率の急落が予想される。だからこそ、大使の一件はエネルリアのトップシークレット扱いだ。
また、万が一にも行方不明となった大使が死体で上がったなんて日には国際問題に発展し兼ねない。
つまり、エネルリアは国家の威信をかけて秘密裏にシエル・エルセンの身柄を確保しなければならないのだ。
「なにみてんだ、女? それにその恰好…身包み剥がれたいんか?」
「あらあら、上級国民様が貧民を見下しに来なさって! 良いご身分ですねェ!?」
「おっと、失礼。道を譲らねぇオマエがわりぃ。あ、なんだって? 怪我? うるせえな。唾でも吹きかけてろよ」
エネルリアには治安の悪い地域がある。貧困層が集まって形成された集落だ。
新国王の即位によって階級制度は事実上の撤廃となったが、この“圏外域”は例外として差別が根強く残る。
中枢域や郊外域は些細なマウントの取り合いに励んでいる一方で、圏外域は犯罪の温床となっていた。総じて、エネルリアの薄汚れた部分を詰め込んだ場所とされる。
「クソッ! こんなガラクタじゃ……駄目だッ!」
地面に金属の塊を叩きつけた、この少年もご多分に漏れない。
荒んだ場所で薄汚い仕事に従事し、病気の母親を抱えた日暮らしの生活。少年から余裕を奪っている多くの事情が、やはり圏外域での退廃的な生活にあった。粗野で乱暴な口ぶりも、粗末で暴力的な行動も、過酷な世界を生き抜くにつれて齲蝕が如く醸成された。
「物にあたっても仕方ないのに、俺ってやつは…」
頭が冷えると無意味に物を傷つけてしまった現実を自覚する。「薬物中毒者の解脱っぽい症状だ」と少年は溜息を吐いた。
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