フォンバーンの憂鬱

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「神殺しの雷よ。タイタンの一部となりて、共に歩まん。マーダ・アニマイアス! 」  ハーラマーヤの放った雷が、その倍はあろうかという体躯の男の頭上に降り注いだ。  ハーラマーヤは七色に輝く虹色の鎧を身にまとった騎士だった。その背後には2人の従者をひきつれている。戦いにはそぐわない煌びやかな鎧だったが、彼が身に付ければ不思議と違和感はなかった。その端正な顔立ちと、なによりもその身からあふれ出る神々しいオーラが、鎧の煌びやかさえ霞ませていた。 「ぐあああああ!!! 」  男は断末魔の悲鳴を上げひれ伏した。もしハーラマーヤが本気なら本当に命はなかっただろう。  男の名はコウコクダイ。半分は人間、半分はオーガの混血だった。オーガの肉体に人間の知能を持った彼はやがてその力を盗みや略奪に使うようになった。今では近隣の村や町を荒らしまわる大盗賊として知らぬものがいない存在となっていた。だがその巨体もパワーもハーラマーヤの前になすすべもなく、今や虫の息となっている。 「さすがだな。ハーラマーヤ」  従者の一人が感嘆の声を上げる。ハーラマーヤより一回り大きい、年齢も10ほど離れて見えたが、実際はそう変わらない年齢だった。名前をカルビーノのという。ハーラマーヤは遠縁だが王の血を引く華族であり、そうであるにもかかわらず実力も兼ね備えていた特別な存在だった。絶えず期待されその期待に応え続けて来た華々しい実績を持つ。王の血族でありつつ勇者の称号を得ることを期待されている。対してカルビーノは平民の出だが地道に実績を積み上げてきたたたき上げで、見た目がふけているのもその苦労の表れだった。この2人境遇は正反対だったが不思議と馬が合った。王国ではハーラマーヤの片腕にしてタイタンの盾の異名を持つほどだ。今まで幾度となくハーラマーヤの危機を救ってきたのがカルビーノと言う男だった。 「まだ死んでないよ? 」  もう一人の従者がそういって小首をかしげる。  カルビーノがハーラマーヤの左腕とするならばその右腕は彼だった。盾に対して杖。見かけはカルビーノはおろかハーラマーヤよりもずっと若く、むしろ幼く見えるがその魔力は絶対的なものがあった。名前をフォンバーンという。ハーラマーヤとのかかわりはカルビーノよりずっと長く、最初はハーラマーヤの奴隷として買われていた。だがその魔法の才能を見出され奴隷から解放され、今では賢者の称号まで得るに至っていた。 「とどめ刺す? 」 「いや…」  ハーラマーヤは首を振った。そしてコクコクダイの前に手をかざす。 「まさか、またやるのか? 」  何をするか悟ったカルビーノが呆れたように言った。しかし言葉とは裏腹にどこか嬉し気でもある。カルビーノがハーラマーヤを気に入っているのはそういうところでもあるからだ。  カルビーノが察した通り、ハーラマーヤの手から温かな光が鼻たれ、優しくコウコクダイを包み込んだ。 「そいつ、半分人間じゃないけど? 」  フォンバーンはカルビーノほどその行為を好ましくは思っていなかった。  敵であろうが癒し、そして仲間に誘う。ハーラマーヤはそういう男だった。だが、それは危険なことでもあるとフォンバーンは知っていたからだ。 「人間だよ。俺たちと何も変わらない」  ハーラマーヤはそういうとにっこりと笑った。 「それはフォンバーンが一番よく知っているはずだ」 「それは…そうかもしれないけど」  フォンバーンもまた半分は人間であり半分は魔族だった。奴隷に落とされていたのも、絶大な魔力を持っていたのも、そして容姿が幼いままなのもそのためだ。  フォンバーンは幼い頃、呪われた子供として殺されるところだったところをハーラマーヤに助けられた。そして奴隷と言う名目でハーラマーヤに保護されることになった。なぜハーラマーヤがそんなことをしたのかと言えば、彼が夢見がちな少年だったからに他ならない。迫害される子供を助ける。それはおとぎ話に出てくる善い行いそのものだ。だから彼は疑わず迷わずにフォンバーンを助けたのだ。現実は物語のように綺麗ごとだけではない。善意で接しても裏切られることがある。そぅやって学習して人は賢く、ずるく、大人になっていく。 「大丈夫。きっとうまくいくさ」  ハーラマーヤには善意しかないが、それは深く考えていないからでもあった。  幸運なことにフォンバーンはハーラマーヤの思いに答え彼の右腕になるまでに至った。いや、思いに答えたわけではない。ハーラマーヤはフォンバーンにそんなことを望んで助けたわけではなかった。ただそれが善い行いだと思ったから助けただけだ。  天涯孤独の身だったフォンバーンだったが、それはハーラマーヤも同じだった。王の血を引きつつ勇者を期待されると言う特殊な環境故に他人に心を許すことのできなかったハーラマーヤにとって、フォンバーンは唯一の友人と言っても良い存在になった。そしてその気持ちにこたえようとフォンバーンも努力した。そして今では並び立つことのない最高の魔法使いであると目されるようになった。その成功体験が、倒した敵に手を差し伸べ仲間に引き入れるというハーラマーヤの悪癖になったと言ってよかった。悪癖…そう、それは悪癖だった。 「でもそいつ、たくさん殺してるよ? 」 「勿論許されないことだ。だがそれはそういう境遇で生まれ育ったからなだけかもしれない。なら機会を与えるべきだ。公正する機会を」 「悪人には悪人のルールがあるもんだ。コウコクダイは身内には甘い男だと聞いている。その優しさをもっと広い視点で見せてくれれば…まぁ、ハーラマーヤが殺すというのなら反対はしないが。むしろ俺は殺すのが正しいことだと思うんだがな。ハーラマーヤといると価値観がおかしくなるぜ」  カルビーノがそういって頬をかくのをフォンバーンは冷めた目で見つめた。  全く甘くなったものだと思う。カルビーノは最初はハーラマーヤのそういう部分を嫌っていたのに、今やすっかり感化されてしまった。感化どころではない。心酔している。信者のようになってしまった。ハーラマーヤとは真逆の泥水を啜って生きてきたカルビーノにとってハーラマーヤの綺麗ごとなど子供の理屈でしかなかったはずだ。しかし、ハーラマーヤはその綺麗ごとを実現のものにして見せた。敵に手を差し伸べ裏切られてもそれを辞めなかった。中にはフォンバーンのようにその思いに答えるものもいた。少なくとも表向きは。それを目の当たりにしたカルビーノはそういう世界もあるのか、それならばなんて素晴らしいことなのかとすっかり骨抜きにされてしまったのだ。 「なんのつもりだ? 」  傷の癒えたコウコクダイは疑わし気にハーラマーヤを見る。  しかし、それがどこか芝居がかっていることをフォンバーンは見逃さなかった。 「今日までのお前は私が殺した。これからは私に命を預けるといい」  ハーラマーヤはどこまでも優しく、そして傲慢に言い放った。 「下僕になれって言うのか?」 「下僕と言うのは穏やかじゃないがそうとってもらって構わない。君の行動の一切は私の許可がいる。だが問題が無ければいずれ自由を与えよう」 「最初から自由は与えねぇのか? 」 「君は人を殺し過ぎているからね」  倒したものを誰でも仲間に引き入れていれば中には裏切るものもいる。そして最初からその申し出をされると計算ずくで近づく者もいる。ハーラマーヤとて何度かそれを経験した。そして経験したうえで学習して導き出した答えは、裏切らないように条件を付けて説得するということだった。時には脅しのようなことをいう場合もある。しかしそれでは仮に裏切らなかったとしても打算でしかない。フォンバーンのような本当の友にはなれないだろう。だがそれはフォンバーン自身がハーラマーヤに助言したことでもあった。本当の友人になることなどできないのだ。普通は。フォンバーンがそうなれたのは自分がまだ子供で、ハーラマーヤのことを物語の英雄だと錯覚したからに過ぎない。だったら最初からそんな希望はいだかないほうがいい。 「ふん。まぁいいだろう。どうせ死んだ身だからな」  コウコクダイは初めからハーラマーヤに取り入ろうと考えていたようだ。コウコクダイは王国にその名をとどろかせる盗賊だったが、いつまでもそんな生業をしては何れは討たれる。それが分かっていた。だからハーラマーヤに取り入ろうと一芝居うったに違いなかった。  フォンバーンはコウコクダイが怪しく微笑むのを見逃さなかった。 「王国に轟く大盗賊も手なずけるか。さすがはハーラマーヤだ」  なんともおめでたいことを言って笑いあうハーラマーヤとカルビーノを尻目に、フォンバーンはどうやってコウコクダイを殺そうかと考えていた。勿論表だって殺すことはしない。だが、危険な任務に挑ませ力及ばず亡き者にすることはそう難しいことではなかった。  そんな風に殺すのは初めてではなかった。悪魔との混血児であるフォンバーンがこのようなことに手を染めればいずれどうなるかはわかってはいたが、2人がこんな風に頭の中がお花畑である以上フォンバーンがせざるをえないことだった。 「どうしたフォンバーン? 浮かない顔をして」  気が付けば心配そうにはーらマーヤがのぞき込んでいる。フォンバーンが奴隷から解放されてから、本当の意味でハーラマーヤが心を開くことはなくなった。奴隷ではなくなったことで、完全に心を許せなくなったということだろう。ハーラマーヤの周りにはいつも人が集まるが、本当の意味で心を許せるものはもう誰もいない。そう考えると少し寂しい気分にもなった。だが、時折昔のような瞳を向けてくれることはある。そんな時はフォンバーンも少しだけ正直になることにしていた。 「なんでもないよ。ただコウコクダイにどんな無理難題をおしつけて殺そうかと思って」 「ぶっそうな奴だなぁ」  カルビーノは冗談だと思って一笑にふした。ハーラマーヤもつられて笑う。今まで何度もそうしてきているのだが、全く気付かれてはいないらしい。それはそうだろう。フォンバーンとて簡単にばれる方法で手を下してきたわけではないのだから。だが、それも何れはばれる時が来るだろう。  悪魔との混血児であるフォンバーンが仲間たちを意図的に殺していると分かれば、やはり悪魔の血がそうさせているのかと疑われるだろう。ハーラマーヤはそうではないと信じてくれるだろうが、悪魔を守るのは立場を悪くする。ハーラマーヤは王族の血を引くが、王になれる直属の血統ではない。にもかかわらず勇者になると目されている。ともすれば王に手が届く存在となるだろう。それは王国にとって非常に不味い火種となる。王以外に王にふさわしいものがいるのだから。ならば失脚させようとするはずだ。その理由としてフォンバーンはうってつけの存在となる。もし、もしフォンバーンの行いがばれたなら、フォンバーンはハーラマーヤに討たれなければならない。ハーラマーヤを騙していた悪魔としてハーラマーヤの手で殺されなければ、事は丸く収まらないだろう。だけどきっと、ハーラマーヤにそんなことはできはしない。本当に裏切っていなければできはしない。そう思わせなければできはしないはずだ。 「馬鹿なことを言っていないで、帰るぞ」 「ほ…本当に冗談なのか? そいつは悪魔との混血なんだろう? 」  疑わし気にフォンバーンを見るコウコクダイに肩をすくめて見せる。 「それは君次第だね」 「おっかねぇやつだ」  カルビーノがガハハと笑う。  フォンバーンは半分は悪魔だ。その能力を開花させた時から悪魔からも誘いが来ている。彼らが言うには悪魔にも悪魔の理屈があるらしい。人間だけが正しいというわけではないということだった。もしフォンバーンが今の自分に満足していなければその誘いに乗っていたかもしれない。だからその誘いに乗る気持ちもわかる。ハーラマーヤが仲間に引き入れた者の中にはそう思いながら期を見ているものも少なくはないだろう。 「大丈夫。フォンバーンはそんなことはしない。だってフォンバーンは誰よりも優しい男だから」 「? 」  フォンバーンは一瞬何を言われたかわからなかった。自分が優しい? 自分の手はすでに血塗られているというのに? 「俺がフォンバーンと初めて会った時、奴隷で鞭で打たれているところだったんだが、その理由というのが動けなくなった同じ奴隷の子供を守ったからで…」  そういえばそんなこともあった。確かに昔の自分はどちらかといえば優しい男だったのかもしれない。そしてハーラマーヤの中ではその頃の自分で止まっているらしい。 「…」  いつか自身はハーラマーヤに撃たれるだろう。そしてそれは本当にハーラマーヤを裏切ったからだと思わせてでなくてはならない。ハーラマーヤ自身にもだ。ハーラマーヤの甘さはいつかハーラマーヤを殺す。自分がいなくなればもうハーラマーヤの甘さを守る者はいない。フォンバーンを助けたことによって成功したから他の者たちも救うという成功体験を塗り替えなくてはならない。フォンバーンを助けたから裏切られた。だからこの行いはよくないことなのだと思ってもらわなくてはならない。 「何をしてる? いくぞ」  いつの間にか話は終わり皆は岐路に付くところだった。 「お前の人見知りは治らないな。あんな憎まれ口をついて。いつまでも俺がついていてやれるわけじゃないんだぞ? 」 「ハーラマーヤがそれ言う? 」  ただ、願わくばもう少しこの時間が続いてほしいと思うフォンバーンだった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加