2人が本棚に入れています
本棚に追加
『僕はいつも、順番を間違える』(1000字)
整頓したデスクの上に置いたファイルに、夕日が当たっている。日が沈むと、ファイルが黒く見えてきた。不吉な中身を表すように。
探偵である僕はファイルの前で一時間も、うなっている。
「渡すべきか、忘れるか……」
ファイルの中身は身上調査票だ。相手は元カノの婚約者。彼女とは別れて一年たつけど、いまだに心配でならない。
結婚が決まったと聞いて、勝手にこっそり調べた。
ーー結果は最低。
婚約者はバツ四でギャンブルの借金があり、もうじき会社をクビになる。 元カノは、全部知っているんだろうか。
知らないだろうと思う。のんびりした性格だし、人を疑うことをしないタイプだ。婚約者とは大好きなインディーズバンドのライブで知り合ったらしい。僕の友人がやっているバンドなのは、ちょっと皮肉かも。
何とかして、彼女に調査結果を知らせたい。
けど、今さら未練があると思われたくない。
いや、あるんだよ、未練は。
でもそこは、男のプライドだし。
とはいえ、彼女にこの情報を伝えたい……。
僕は考えつづけた。
二週間後、友人のバンドがライブをやった。ライブハウスに行き、彼女を探した。
今日は女友達と来ている。演奏が始まった。
四曲目を聞くうちに、彼女の顔色が変わった。
曲の内容は、バツ四で子供の養育費を踏み倒し、借金返済のために貯金のある女性を狙おうとするダメ男の歌だ。
彼女がライブハウスを出ていくのを見届けて、僕も出た。
――ほんとうは、五曲目も聞いてほしかった。元カノの幸せを願うバラードだったのに。そうか、あの曲より先に演奏してもらえばよかったんだ。
僕はいつも、順番を間違える……。
だけど、僕は夜道で顔を上げた。
順番なんて、今からでも修正できる。
僕は元カノのラインを開いた。ずっと避けてきたけど、やっぱり言おうと思う。メッセージを送る。
『もう一度会いたい。
僕を専属の探偵にしませんか』って。
月の光がかたむく前に、受信通知がポチっとひかった。
僕の心音みたいに、ゆるくゆるく点滅する。
メッセージは一言だけ。
『依頼料の代わりに、一度、食事をごちそうしましょう――』
僕は静かにスマホをしまった。
探偵は、秘匿行動が基本。
だけど恋心は、ダダ漏れみたいだ。
【了】
最初のコメントを投稿しよう!