昔々あるところ

9/22
前へ
/22ページ
次へ
噴水の水で喉を潤せば生きた心地がした。 とはいえ駆け回った疲れは、すぐにとれない。 早く帰って、仕事に取り掛からなくてはいけないのに。 真っ白な城までもが早くしろと駆り立てるように思えた。 鬱々とした気分が戻ってくる。 振り払うように立ち上がる。 そこに掲示板の前に佇む男がやってきた。 あの胡散臭く笑う男だ。 今日はのんびりしている暇はないとあしらったのだが、疲れた身体で仕事をしても効率が悪いと引き止められた。 せめて脚の疲れだけでも癒やしてからと、根負けし噴水の縁に腰掛け直す。 ワタシが帰らないと分かると、男は微笑む。 先程までと同じ人の良さそうな笑顔。違うのは層深まる笑い皺だ。 「パーティーの支度は出来ましたか?」 飄々と聞いてくる男に、ワタシは首振った。 「うちの父と兄は毎回、仕立て屋に大きめサイズで頼むのですよ。直すのに時間がかかります。体より二周りも違うんです。滑稽さを通り越して笑ってしまいますよ」 実際、針を通しながら笑っていた。 ワタシの細やかな憂さ晴らしだ。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加