リンゴの木の下で

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「もういや!」     王宮に来て一か月後、私はひとり叫んだ。  ふかふかのベッドも何も、私を癒してはくれない。  初めてこの部屋に足を踏み入れた時は、感動に涙したのに。   「どうして、聖女はこの世に一人だけなの?  おかしいわよ!」    泣きたい気分の時ほど、目は乾いて痛いだけだ。  王宮で待っていたのは、夢のような生活じゃなく――想像を絶する激務だった。  いれかわりたちかわり訪れる人々を神々しく迎え、癒す。一日中だ。手がしびれるほど、人の頭にかざし――膝が折れそうなほど、立ち尽くして……一日が終わる頃には、私はぎちぎちに絞られたふきんみたいにぼろぼろだ。  なのに明日も同じことを繰り返すのだ。明日だけじゃない、明後日もその先もずっと……。  これじゃ、村にいた時とかわらない。  違うのは、この役目に代わりがいないことだ。  ふいに召使が入ってくる。あたたかな湯気をたてたコップをトレイに載せて。   「お疲れの様でしたので、薬湯をお持ちいたしました」 「……ありがとう」    最初はすごくうれしかった。   でも、この薬湯の湯気をかぐだけで、もう胸が悪い。   「これで、また明日も励んでくださいませ」 「……はい」    私は苦く、かすかに笑った。  またこれだ。  ここにいる人は皆、私に親切にしてくれた。  でも、それは、私が聖女で――聖女は一人しかいないからだ。   「聖女様にしかできない仕事にございます」    この言葉が、こんなに重いとは思わなかった。   「こんなんだったら、村にいた方が――」    そこまで考えて、思い直す。村でまた、ただの女になるなんてごめんだ。   「でも、少しでいいから休みたい。」    せめて一日くらい、休みが欲しい。息をつくのも苦しくて、私は胸に手を添えた。  
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