リンゴの木の下で

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 私の村が、はやり病に侵されていると聞いたのは、そんな時だった。  半死半生で仕事をこなしていた私の頭は、ばちんと冴えた。   「どうか治しに行かせてください」    今までなら、この頼みは通らなかっただろう。けれど、ソニアに出会い、陛下は変わった。  だから、私は村へと向かう馬車に、即日乗っていた。  皆を治して……そして、すぐに、王宮へ戻らなければ。何をしに戻るかは、むなしくて、考えたくなかった。  村が見えて目を見開く。リンゴの木が、枯れ果てていた。  あんなに、嫌いだったリンゴの木……村の象徴……それが冬のように……  ――私の心に、村に対する涙の泉はないと思っていた。けれど……   村は死に体だった。倒れ伏すひとびとの、すえた臭いが、外でもこもっていた。  私は、馬車を飛び降りると、皆のもとへ向かった。  私は腕を広げ、力を放った。  倒れ伏していた人々が、動く。リンゴの木が、よみがえる。  まだ、足りない。もっともっと、力がいる……!  私は目をとじて、力をふるい、村を走り抜けた。  走って、走って、辿り着いたのは、わが家だった。村のはずれの、小さな家。リンゴの木が、ポツンと立っている――   「お母さん!」 「マリー!」    声を上げたのは、ティムだった。ティムは、ぼろいベッドに横たわる母につきそっていた。か細い、枯れ木の様な手を、そっと包んでいる。目を見開いて、それから、悲し気に顔をゆがめた。   「お母さんは!」 「マリー……」    ティムは、私の手を引き、そっと母に引き合わせた。  母は、眠ったようにこと切れていた。   「ああ……!」    私は床にへたり込んだ。  癒しの力は、死者には効かない……ティムが、私の背に、そっと手をやる。   「今しがた眠るように逝ったよ」    私は、あらん限りの声で叫んだ。同時に、涙があふれてきた。  なんてことをしてしまったんだろう。   何でこんなことになったんだろう。   「お母さん……! お母さん……! ごめんなさい……!」 「ちゃんとお別れするんだ。マリー」    ティムが、私を立たせた。そうして、そっと肩を抱き支える。   「おふくろさんは、いつだって、お前を誇りに思っていたよ」 「うそよ。私のせいで、ずっと苦労してきたんじゃない」    父が、早くに死んで、ずっと一人で私を育ててきた。私がいなければ、もっと暮らしは楽だったはずだ。    「マリーは、人をたくさん助けてるんだって嬉しそうだった」    ティムは、母の言葉をそらんじる。ティムの声が、記憶の母の声と重なる。やさしい、あたたかい……   「でもね、ティム。私はねあの子が立派だからうれしいんじゃないのよ」 「あの子が生きて、笑ってくれてる、それが一番うれしいのよ」    私は泣いた。泣いて、母にすがった。  もう泣いても帰ってこない。でも、ならこの涙はどうすればいい?  わからないから、泣くしかなかった。  ずっと泣いて泣いて……  晩に、母のなきがらを埋めた。ティムと一緒に……。  私は、祈りの言葉をつぶやきながら、リンゴの挿し木を、そっと植えた。父の木のとなりだ。  王宮の報せが追ってきたのは、翌日の事だった。  村は、すっかり病から立ち直っていた。  私は、はじめて使者を迎えたあの日のように、家で使者の話を聞いた。  ソニアが、陛下の妃になることが決まった。  お妃教育で、忙しくなるから、至急帰ってきてほしいとのことだった。  頼まれるでもなかった。  私は、使者を見送り、外に出た。ティムが、リンゴの木の下に立っていた。   「行くのか?」 「うん」    ティムは何も言わなかった。  私は、ティムのもとへ歩いて行った。リンゴの木の下に。   「私にしかできないことだもの」    前と同じ言葉……けれど、前とは違う気持ちだった。  ティムは、私を抱きしめた。私は頬をすり寄せる。このぬくもり。   「オレは、ここで生きる。それがオレの道だから」 「うん」    私は目を閉じる。リンゴのあまい香り。ティムのあたたかな鼓動。  今度は、すべて連れていく。二度と忘れない。   「素敵な奥さんを、迎えてね」    私の頬に、伝った涙は、どっちのものか、わからなかった。   
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