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リンゴの木の下で
私に聖女の力が目覚めたのは、十五歳の春の終わりだった。
リンゴの花が咲き乱れる、木のふもとで、ティムは言った。
「なあ、行くなよ。マリー」
「いやよ」
すがるような言葉を、私はばっさりと切った。花びらが私の髪に落ちる。ティムがよけようとするのを、私は花びらごと払いのけた。
「王宮なんて、お前が行かなくてもいいじゃないか」
「ばかね、聖女はこの世に一人だけなのよ。私が行かなくて誰が行くのよ」
「何があるかわからない」
「何よ、王宮に行くのは名誉じゃないの。何がいけないのよ」
私は、イライラしながら答える。ティムを一切見ずに。
手を伸ばして、力を込める。手のひらから、光が満ちて、照らされたリンゴの花がみずみずしく、雫が滴るばかりになる。
聖女――すべての病を癒す、この世に一人だけの、奇跡の存在。
「お前と離れたくないんだ」
私は唇を引き結ぶ。ティムが必死の顔をしているのがわかったからだ。
「オレはさみしい。なあ、おふくろさんだってさ、心細いだろ」
「うるさいわね。私は次のステップに行くのよ」
私は空を見上げた。リンゴの花が、青空を邪魔する。
いつもそれがうんざりだった。
「私は、こんなつまんない村で一生を終えたくないの」
花びらのすきまを抜けて、青の空へと私は視線をのばす。まだ見ぬ王宮の姿が、目に浮かんでいた。
明日、迎えに来た王宮の使者と私は王都に向かう。
そして、王宮で、癒しの力をふるうのだ。
私は胸の高鳴るままに、笑みを浮かべた。
「これは、私にしかできないことなの。こんなところで、リンゴの世話をしているなんてものじゃないの」
ティムは悲しい顔をした。首を振る。
「お前はわかっていないよ。お前にしかできないことは、ここにだって――」
「あんたの奥さんになることが? 冗談じゃないわ」
ふんと鼻で笑って、私は家に向かった。
「じゃあね、ティム。もう会わないわ」
私は手を振った。つまらない村、つまらない人生、つまらない幼馴染、私縛ろうとするもの、すべてに。
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