デートの練習

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 俺は欠伸を堪えながら、約束の駅前で彩里花を待っていた。  家が隣なんだから、家から一緒に行けば良いと思ったが、最寄りから四つほど離れた少し大きな駅を待ち合わせ場所に指定された。 「お待たせ、悠葉。なに、眠そうだね。もしかして楽しみで眠れなかった?」 「そんなわけないだろ、ちょっとゲームやり過ぎただけで」  と思わず言葉につまった。  ほんの数ヶ月ぶりのはずだったが、彩里花は少し観ない間にずいぶんと変わっていた。  服装だろうか、化粧だろうか。俺にはよくわからかったが、可愛くなっているように思えた。 「どうしたの?」 「ああ、ゲームさ。最近すげえ面白いのがあって。彩里花はなんかはまってるのあるかなって」 「んー、スマホとかでちょっとやるくらいかな」  彼女の言葉に、上の空でへえ、と肯いた。  もしかして、これはデートなのかも知れない。  昨夜も、恋愛映画にパスタなんて小洒落たプランニング、デートじゃあるまいし。  と考えると、まさか、いやいや彩里花に限ってまさか。と一人でバカな考えを浮かべては消していた。  ――考えすぎだろって思っていたが、この格好、まさか本当に?  そう思うと俺は、聞かずにはいられなかった。けれどさすがに直球は無理だ。 「あのさ彩里花、なんかあれじゃん? 俺に隠してないか」 「……はは、さすが悠葉。お見通しだったね」  ごくり、と自分の喉が鳴った。 「実は、ね。悠葉にしかできない頼みがあって」 「え。頼み?」 「デートの」 「で、デートの!?」 「デートの練習に付き合って欲しくてさ」  ――練習?  思わず、つんのめりそうになった。どういうことだ、練習? 「大学でね、サークルの先輩なんだけど、今度一緒に出かけないかって誘われてて。デート、だよね。ちゃんと確認したわけじゃないけど」 「……デート、だな。それは」 「だけどほら、そういうの初めてだし、サークルの先輩相手に変なことしちゃったら失礼だから一回練習しとこうかなってね。こんなこと、悠葉にしかできないでしょ」 「は、はあ? ……いや、そうかも知れないけどさ」  大学の先輩。デート。練習。俺にしかできない頼み。  いくつかの言葉が、俺の脳内でぐるぐると駆け巡った。  彩里花がデートだって? そんな、こんなやつと? だって、彩里花は中三まで俺より腕相撲が強かったし、いつだって人を小馬鹿にしてくるし、全然女らしくないし、だって。 「へ、へえ。練習ね。確かに俺くらいしかお前の練習相手なんてしてくれるやつはいないな」 「でしょ? だからね、恋愛映画にパスタなんて悠葉もノリ気じゃないだろうけど、お願い」 「……いいよ。今回だけだけどさ」  俺がそう言うと、彩里花はほっとしたように笑った。  先輩とのデート練習ができて、そんなに嬉しいのか。 「先輩ってどういう人なんだ?」 「んー、どうだろうね。普通?」 「普通って……」  何か口から出そうだった。  だけど、俺はそれを堪えた。欠伸なんかより、よっぽど堪えたが、俺は久しぶりに彩里花と会ったのに、それを台無しにしたくなかった。  映画を観終わって、予約を入れてあるパスタの店に行った。 「え、日にちが違った?」 「ごめん。私が一日ずらして予約していたみたいで」 「あーいいよそれは。混んでるしどうする?」 「んー」  彩里花は決めあぐねている様子だった。  先輩ともこの店へ行く予定なのかも知れない。だから下調べに、どうしてもここへ行きたいのだろうか。  彼女のために、力になれることはしたかった。だけど俺は。 「腹減ったし、いいじゃん、別の店でも」 「え、あっ。うん、私もいいけど」  彩里花の腕を退いて、近くのハンバーガー屋に入った。  中高の頃は、放課後よく二人で寄っていた。当時を懐かしんで、俺はポテトのLサイズを二つも頼んでしまった。 「頼みすぎだって」 「これくらいいつも食べてただろ」 「えー。でもほら、私最近ダイエットとかしてるしね」  なんて言っていたが、ものの三十分もしないうちに三つ目のLサイズポテトを注文することになった。  俺と彩里花のバカ話もポテトを食べる手も全く止まらなかった。 「何それ。悠葉、ラーメンサークルなんて入ったの? バカじゃん、そんなの一人で食べればいいのに」 「一人だと行列の待ち時間暇だろ」 「あっ! じゃ、昨日も私つれてラーメン行こうとしたのってそれだったんだね。人のこと暇つぶし要因扱いして」 「彩里花だって俺を練習台にしやがって」  あっという間に時間も過ぎて、大学生といってもそろそろ帰るべき時間だった。 「送りましょうか、お嬢さん」 「バカ。隣でしょ」 「先輩は駅までにしろよ。もっと仲良くなるまで家は教えるな」 「もっと仲良くってなにそれ。変なこと言うね」  散々笑った後で、俺はまだ腹が痛い。そいつが何故か胸にまで上がってきて、多分油物を食い過ぎたんだろうと思った。  帰り道、街頭を明かりに二人で歩く。家までの道はもうすぐだった。  家は隣同士だけれど、別れてしまえば次に会うのはいつだろうか。 「練習どうだった?」 「悠葉じゃやっぱり練習にならなかったね」 「おい、せっかく人が好意で協力してやったのに」 「ごめんって、冗談だよ」  バイバイ、と彩里花が手を振って、玄関口に消えた。  彼女の背中を見送って、俺は、彼女のために俺にしかできないことをやり遂げたのだろうかと考えた。    ○
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