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「君、名前は?」
「九太郎」
『ローマではローマ人のごとく』。この国ではそう名乗ると決めていた。パーフェクトな名前だと思っていたのに、「きゅう……」と繰り返した男はなぜか考え込むような微妙な顔をした。
「それで、九太郎の悩みは友人付き合いのことか何か?」
怪しい人だ。ただ、優しそうな目元と話し方だった。別にいいかと会話に応じている内に、九太郎の口は自然と軽くなっていった。
「僕は思う訳。みんな、もっと恋をした方がいいよ」
「恋?」
「どこまでも燃え上がるハート、ふとした眼差しさえも愛おしく感じる甘美な時間。恋って素晴らしいとは思わない?」
「ああ、それは本当にそうだ。恋のときめきの中にいると刹那が永久に感じられるよね」
意外と話が分かるようだ。こっそり感心しつつ、「だけど」と九太郎は大きな溜め息を吐いた。
「最近の子はそれを知らないんだよ。こんなにもいいものなのに! 人生からラブを抜いたらイルカがいない海……いや違うな、魚がいない海みたいなものだ。しょっぱさしか残らない!」
「確かに、近頃は他の楽しみが増えたせいか、恋に後ろ向きの者も多いようだけど……」
これでは美少年が台なしだと思いながらも、感情が高ぶってしまってダメだった。グスンという音が聞こえたのか、男がこちらをそっと窺う。
「九太郎は酒は飲めるかい?」
「僕の外見を見てその質問をするの?」
呆れてしまった。にじんだ涙が引いていく間、男は立ち上がると、歪んだ形の花壇を一固まり越えて別の花壇で何やらゴソゴソ。
「日本酒だけど、一緒にどう?」
「今、あそこに落ちてたのを拾わなかった? 大丈夫なのそれ? 色んな意味で」
「時折、誰かが置いていってくれるんだ。もちろんまだ開いてないものだよ」
よっこいせ、と元の位置に座る男はやっぱりおじさん臭かった。彼が2つある小さな瓶の内の1つを渡してくる。正直なところ、心が大きく揺れた。
「……母様にはいい顔されないけど、たまにはいいかな?」
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