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初夏の風が屋上を爽やかに吹き抜けた。人工芝であることを割り引いても、空と緑に囲まれた開放的な場所で飲む酒はとても美味しかった。こちらはグビグビとラッパ飲み。男はリラックスした座り方――胡坐というらしい――で、大事に味わうように少量ずつ。花壇の話に酒の話と、会話も勝手に弾む。
「日本酒って初めて飲むけど、苦味がなくてフルーティーだね。いい気分。おっちゃんのところのブドウ酒とは全然違う」
「思いの外飲んでるらしいね?」
「まあね。それにしても、あの朴念仁たちはどうにかならないもんかなぁ。恋をした瞬間から世界はバラ色になるっていうのに」
「その通り。妻の2人や3人いたって罰は当たらないのに」
誠実そうな男のそんな言葉に思わず眉が跳ねた。
「言うねー。まるであの人みたい!」
「あの人?」
「うん、すごく偉い人。見た目は全然似てないけど、話が合うかもなぁ」
言いながら、目の前の大人しい顔と記憶の中の髭を蓄えた顔を比べてみる。一かけらも似ていない。それだけのことが不思議とおかしくて、フフッと笑ってしまった。男も釣られたのか柔らかく笑った。
「少しは気晴らしになったかい?」
「うんうん。ありがとう」
「それで、つまるところ君の悩みは何かな、九比弩?」
クピド。またの名をキューピッド、エロース。男の発言に、これまで必死に動かさないようにしていた鳥のような白い羽をパッと広げてみせた。
「……気づいてたんだ」
「並の子は葡萄酒なんて嗜まないよ」
「それもそうか。あの、母様……ウェヌスには今日のこと内緒にしてね」
「心得ている」
涼やかな目を細めて嬉しそうに微笑まれた。クピドは頬をプクッとさせたが、この男とはもう会うこともないだろうと思い、それを引っ込めた。
せっかく巡り会った機会だ、試しに打ち明けてみるのも面白いではないか。
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