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「だから九比弩、君は大丈夫だ。矢の力が強力なあまり、これまで不自由することがなかっただけの話だよ」
「……おじさんって、ユピテル様に似てるかもって思ったけど、あの人よりずっと優しいね」
「それは聞かなかったことにしておこうか」
確かに、とクピドは頷いた。もし最高神である彼の耳に入ったら、遊びか本気かは別として雷を撃たれるに違いない。
「ありがとう、元気出てきた。お酒もごちそうさまでした」
心からの言葉と共に、立ってこの国式にお辞儀をした。相手もエレガントな動作で一礼を返してくれる。嬉しくて頬が緩んだ。気分に任せてタタタッと走り出したところで、クピドは何かにぶつかった。
藁だ。彼の背丈よりも高く積まれたこんもりとした稲わらの山が、なぜかそこにあった。1秒前には存在しなかったものだ。
しばし待て、と厳かな声に呼びかけられて、一気に背筋が冷たくなった。
「……おじさん、何者なの?」
「これでも、ここで祀られている身分の者だが、さすがにご存知ないか」
ただの人間にしては冷静すぎるとは思ったが。男が示した方向を目で追うと、近くの花壇の向こう側に灰色がかった鳥居があった。控え目なサイズのせいか全然気づかなかった。
屋上のこんなスペースにも祀られているなんて、もしかすると偉い神様なのではないか。クピドは慌てて記憶を掘り返す。アマテラス……イザナギ? どうしよう、何度もおじさん呼ばわりしたことを怒っているのかも知れない。天敵の1人である女神・ミネルバに、罰と称して手酷く痛めつけられたことが鮮烈に思い出されて――。
全身から血の気が引いて、クピドは石のように立ち尽くした。髪に絡まった藁を取ることもできなかった。そんなクピドに悠然と近づくと、偉いかも知れない彼は気まずそうにこう言った。
「去る前に、先頃吾たしに当たった矢の効力を解いてくれないか? 君にときめいてしまって仕方がない」
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