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「私にしかできないことをしたい…」「誰でもできるようなことじゃ、やりがいを感じられない…」
今も昔も、社会はそんな声で溢れている。
無理もない。「こんなことできるのは君だけだよ」なんて褒められて、気分が高揚しない者などまずいない。
特別扱いされることに、極めて大きな快楽を感じるのが人間という生き物の性である以上、当然と言っていいだろう。
しかしながら、
「私にしかできないこと」なのかどうかが可視化され、正式な価値基準として確立されたのは、意外にもごく最近のことである。それを可能としたのが、いまや全世界統一基準にまで成熟した、HMP(How Many People)カウンターだ。
ありとあらゆるものがデータ化・蓄積されるとともに、信じられないスピードで解析されるようになった現代において、こういった技術が生まれ世の中に浸透していくことは、ある意味想定内のことであった。ただ一点、それが貨幣に換算されるほど、共通価値としての地位を築くことになる、という点を除いては
…
「ピッピッピッ、ピーン。測定結果をお知らせします。日本で6,147人です」
「チッ。全然ダメじゃねーか」
奥谷が頭を抱える。
「まあ落ち着けよ奥谷、まだどれくらいのスコアになるかはわからんぞ」
幼馴染の安河が奥谷の肩を叩きながら、HMRカウンターのディスプレイを凝視する。
「スコアは、1,926円です。」
HMRカウンターに「おめでとう」の文字が躍る。
「なにがおめでとうだ!1ヶ月間こんだけ頑張った結果がたった2千円かよ。馬鹿馬鹿しい!」
「まあまあ、奥谷にしちゃ上出来のスコアだろ。大企業でクライアントや上司からの無理難題をこなして、毎日遅くまで残業してヘトヘト、ほんと頭があがらないよ。ただ、同じようなことが出来る日本人が、6千人はいたっていう、それだけの話だろ。」
「俺だって理解はしてるよ。俺がやってるようなことが、俺にしかできないなんて自惚れてないさ。理解はしてる。」
冷静さを取り戻した奥谷だったが、それでも、いつもの悪態をつかずにはいられなかった。
「しかしこうもはっきり数値化されちまうと、やる気もなくなるわ。その点安河はいいよな〜。だれも撮れないような動画をささっと撮って投稿してるだけで、毎月とんでもないスコア獲得できるんだもんな。あ、ごめん、馬鹿馬鹿しくて誰も"撮らない"ような動画、の間違いか。」
「おいおい、それが幼馴染の親友にかける言葉かよ笑。お前に言われるのは一番堪えるわ〜」
「はは、安心しろ、なんだかんだ尊敬はしてるんだ。世界共通のこの制度をちゃんと理解して、戦略立てて、攻略しようとがんばってる時点で、それができてねえ俺とは雲泥の差だ。それを、制度に迎合してるだのダサいだの言ってる奴のことなんか、ほっとけばいい。本業捨ててそれ一本にシフトしたのだって、ほんとにかっこいいと思ってるよ。」
「沁みる言葉だ。数秒前に会話した口悪い男に聞かせてあげたいよ。」
「ふふ。こちとらこんな惨めな生活してんだ。少しぐらいの毒は吐かせてくれよ。もっとも、"これは君にしかできない、素晴らしい!"なんて褒め称えられながら生活している安河様にとっては、下級市民からの多少の毒なんて屁でもないと思うがね。」
「今日の毒はいつにも増してしぶといな〜おい笑。ちなみに俺も、奥谷の不器用な部分は逆に尊敬してるんだ。"俺にしか出来ないこと"なんて、結局他人の動向に左右されることだろう。どこまでいっても、他人を気にする人生だ。そんな中で、迎合せずに本業一本なんて、俺かりゃすりゃ相当クレイジーでカッコイイぜ。」
「おい安河、褒めてるふりしてけなしてねえか?笑」
「こちとらこれでも、他人様たちの動向ばかり毎日気にして疲弊してんだ。仮にけなしてたとしても、こんくらい許せ。」
「ああ、酒がまずくなる前に、今日のところはこれくらいでヨシとしてやるよ。」
…
「あ、もしもし、安河久しぶり。どうした?」
「ひさしぶり、奥谷…。あれから毎月、スコアが全然稼げねえんだ。HMRカウンターで"1人"を獲得することさえあったのに、ある月から突然、数千人台の結果しか出ねえ…、もう俺、だめかもしれねえ…」
「なんだって…。おい安河、落ち着け。その"ある月"っていつだ?……去年の6月、だな」
奥谷がHMRカウンターの公式ページに飛ぶと、そこには、去年の6月にHMRカウンターの算出アルゴリズムの改定が行われている旨が記載されていた。
そのアルゴリズム改定概要に目を通した奥谷は天を仰いだ。
「分析の粒度が変わった、ということか…」
改定概要には、
"制度に迎合して無理にカウンターの人数を減らそうとする無意味な行為は、今後、全て同じ行為と見なす"
と記載してあった。
「お前らがそうさせたんだろうが!そしてなんだよ無意味って!お前らが勝手に意味付けしたから、安河はそれに命懸けたんだぞ。それはもう無意味じゃね〜だろうが!!」
「奥谷、ありがとう。でもおれが悪いんだ。こんな重要な改定情報を見逃すなんて。随分前から周知もされてるようだし、対策もできたはずなのに。ニュースのチェックなんてもうずっとやってなかったよ…誰でもやることだから…はは」
「大丈夫だ!おれと組もう。おれの貯金は全然たいしたことねえが、このクソ制度をとことん利用してのしあがるための準備金としては十分だ。一緒に見返してやろう」
「奥谷…、おまえ自分の価値観曲げてまで俺のために。ありがとう。一緒にがんばろう」
…
はたして二人は、奇跡のV字回復をみせることができるのだろうか。
あ、私ですか?
私は二人の"奇跡の"V字回復、十分あり得ると思いますよ。楽しみですね。みなさんも乞うご期待。
※なお、
奥谷が読んだ改定概要には、
"本アルゴリズムは、今後は予告なく変更する場合がございますので、ご了承ください。"
といった注意書きが記されていた。
非常に小さい記載だったため、強調するためか、丁寧にも黄色文字にて。
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