警官の娘

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スバルは廃品処理工場の敷地内へ進入した。見たところ工場は長い間稼働しておらず、廃墟と化している。 殿村がスバルを降りた。俺は殿村から死角になる場所でタクシーを降りた。殿村の手には剥き出しになった拳銃がある。嫌な予感がする。万一に備えて俺は警察に通報し、応援と救急車の出動を要請した。 工場の中から、女の悲鳴が上がった。 「明日香!」 殿村が悲痛な声を張り上げ、工場の中へと突撃した。悲鳴の主は本田明日香に違いない。明日香は拐われたのだ。誰が拐ったのか。暴力団員平間に違いなかった。 俺は、工場の扉に張りついて、応援の到着を待ちながら耳をすました。自らの存在を消して、扉越しに中の様子を伺う。 ふいに激しい銃声が炸裂した。銃声と銃声が幾重にも折り重なってゆく。撃発音は尾を曳いて反響し、やがて静寂を取り戻した。俺は奥歯を噛み締めた。俺は今、拳銃を携行していない。応援はまだ到着しそうもない。応援を待つべきなのか。待ちきれない。俺は意を決し、工場内へと慎重に足を踏み入れた。 視線の先――殿村警部と暴力団員平間、それに東同盟の構成員ら数名が揃って絶命していた。S&W三十八口径とグロック自動拳銃が、床の血溜まりに沈んでいた。 男たちの屍の奥に女の遺体があった。本田明日香だった。 殿村の身体を探り、携帯電話の中身を確かめた。殿村と本田明日香のメールのやり取りに目を通すうちに、俺は愕然となって崩れ落ちた。男と女が交わす内容のメールではなかった。それは肉親の情愛に満ち溢れたものだった。 震える指先で、東同盟OB平間からの脅迫文を開く。それが殿村に生前届いた最後のメールだった。 ――娘を拐った。貴様が協力を拒んだ罰だ。情報と引き換えに娘を解放してやる。例の場所に一人で来い。さもなくばおまえの大切な娘をなぶり殺す―― 本田明日香は殿村の交際相手などではなかった。十九年前、殿村が愛人に産ませた子だったのだ。 すべてが終わってから、署長は言った。 「監察の調べに羽田麻衣が自供した。羽田と平間は中学の頃の一時期、男女の関係にあった。ハメ撮り画像をばらまくと平間から脅され、捜査情報を漏らしたそうだ。羽田はクビだ」 署長は両眼を閉じた。俺は黙礼し、踵を返した。 了
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