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「課長、説明したまえ」
署長が殿村生活安全課長を見て促した。
「情報が反社に漏洩している」
殿村が重苦しい声を吐き出した。
「由々しい事態だ」
署長が合いの手を入れた。
殿村が再び語り始めた。
「不良少年グループの東同盟を摘発するために入念な下準備をしていたのだが、いざガサ入れの当日になってみたら、構成員全員が雲隠れしていた。東同盟から抜けた元構成員の少年を締め上げて事情を聞いたところ、東同盟はOBの暴力団員から警察の動きを逐一知らされていたことがわかった。捜査情報が東同盟OBに漏洩してるのだ」
「そこで貴様の出番だ。羽田麻衣を監視するんだ」
署長は有無を言わさぬ口調で言った。殿村は青ざめたきり口を固く結び、空中の存在しない一点を睨んでいる。
「羽田が反社に情報を漏らしたという根拠はあるのですか」
「東同盟OBの暴力団員平間昌は羽田麻衣の中学時代の同級生だ。席も隣り合わせ。これに関しては卒業アルバムに掲載された座席表でウラをとってある。これだけ状況証拠が出揃えば羽田で決まりだろう」
「これだけ出揃えばと仰いますが、たったそれだけの状況証拠で犯人扱いされたら羽田はたまったもんじゃないでしょう」
「庇うのか」
「庇っちゃいませんがね」
「羽田が美人だから反社に情報を流すはずがない、とそう思うのか」
「思ってませんよ。ガキでもあるまいし」
そう。むしろ逆だ。女性警察官というものは、それが美貌であればあるほど、上司や同僚との二股不倫問題を抱えたりなど、周囲にトラブルを撒き散らす傾向にある。だが羽田麻衣に関してだけはそれは当てはまらない。俺は羽田麻衣に対してだけは、いわゆる美人警官に対する邪な感情を持ち合わせていない。
「しかし羽田は別です。情報漏洩に関わってるとは思えません」
「羽田麻衣が殉職警官の娘だからかね」
「そうです。羽田警部補……」
羽田警部補は死後二階級特進している。
「いや、羽田警視には生前お世話になりました。あの羽田警視の娘の羽田麻衣が反社と内通するなどあり得ません」
「警察学校を出たばかりの羽田巡査が地域課の交番勤務を免除されて我が生活安全課に配属されたのも、お父上の功績への配慮あってのことですなあ」
殿村は低い声で呟いた。
「そんなことは今どうでもいい」
署長は、殿村に向けて冷たく言い放った。
殿村は気まずそうに咳払いした。
「私も――」
署長は銀縁眼鏡を外し、セーム布でレンズを拭った。
「羽田の潔白を信じたい。だが警察官としての勘が、彼女を追えと急き立てるのだ。恩を着せるようだが、私が盾になってやらねば貴様は依願退職に追い込まれていたということを忘れるな。わかったら行け」
「行きますよ」
俺は浅く一礼して、踵を返した。
署長の声を背中で聞いた。
「この話は我々三人だけが知る極秘事項だということを忘れるな。本部の監察が動き出す前に内々で事を収めなければならん。羽田を監視して情報漏洩の証拠を掴め」
面倒な仕事を押しつけられた。だが裏を返せば、今回の署長特命は恩人の娘である羽田麻衣の潔白を証明するチャンスにもなる。俺は亡き羽田警視の恩に報いるためにも、羽田麻衣にかけられた嫌疑を是が非でも晴らしてやらねばならない。
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