私にしかできないこと

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秋の祭りの時期に行われたその結婚式は、実に盛大なものだった。 クェツル病の流行は収束し、そして、秋の小麦の収穫は稀に見るほどの豊作だった。 人々から英雄とも救世主とも讃えられた新郎は、その左腕を失っていた。 怪物に噛まれた左腕は雑菌に侵され、その肩口から斬り落とすことを余儀なくされたのだ。 抗生剤を投与するなどの医療を施したならば、恐らくは左腕も助かったのだろう。 けれども、この世界の文明ではアルコール成分の高い火酒で消毒するか、あるいは薬草を煎じて飲ませるかしか手立ては無く、残念なことにそれは有効な治療ではなかった。 然れど、この島を救った英雄として敬意を集めた彼は、生涯を通じて生活に困ることは無いであろう。 あれから半年を経ていたが、変化はもう一つあった。 新婦となった娘の腹部は膨らみを見せていたのだ。 片腕となった英雄とその仲間達、そして、その恋人の物語。 それは、これから数百年の間はこの国の人々に語り継がれていくであろう。 神の恩寵による奇跡の記憶と共に。 あの日、彼の祈りを聞き遂げた私は、神殿の表面に巧妙に隠された排気ダクトからナノマシンを散布したのだ。 その日は晴れ渡っていて風も強く、ナノマシンを島中へと行き渡らせた。 「クェツル病」をもたらした病原性ナノマシンを非活性化させる、言うなれば治療用ナノマシンを。 そして、この島の人々の暮らしは守られたのだ。
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