天使と悪魔による自問自答

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今日はとにかく運が悪かった。目が覚めたとき、時計の針は3時半ごろを指していた。それにもかかわらず、カーテンの隙間からは光が刺していた。その瞬間、時計が示しているのは現在の時間ではなく、電池が切れた時間であることを理解した。 僕は朝食も食べず家を飛び出した。駅までは走って向かったが、電車は僕の目の前で出発した。それからまた駅から学校まで走って向かうと1限目の授業にはなんとか間に合ったものの、朝のホームルームには間に合わなかった。 1限目の授業は体育で、種目は1500m走だった。始まる前から既にバテていた僕にとって、それはまさに地獄だった。 そんなこんなありながらもなんとか授業を受け、6限目の授業を受けていたとき、またしても不運が僕に襲いかかった。今日提出の宿題がいくら探しても見つからないのだ。ちゃんとリュックに入れたつもりだったが、朝は急いでいたこともあって改めて考えてみると自信がない。そして6限目の授業の担当は学校でも厳しいことで有名な先生だった。僕は居残りを宣告された。 帰るのは帰宅部が帰ってからずいぶん経ち、それでも部活動が終わるよりは早い時間になった。いつも一緒に帰る友人は先に帰ってしまっていて、僕も渋々一人で帰ることにした。 何となくいつもと違う道を通ることにした。とは言っても、曲がるタイミングを変えただけだから遠回りというわけではない。ただ、今日一日続いている不運に対していつもと違う行動を取ることで抵抗できないかを試してみたかった。 いつも通っていた道がスーパーや本屋が立ち並び賑わっているのに対して、今通っている道は住宅街で、人通りもなく閑散としている。この道を通るのは、この辺りの住民や宅配業者を除けば泥棒と誘拐犯ぐらいだろうなとふと思った。 住宅街を少し進んだところで道の脇に薄茶色の何かが落ちているのがわかった。近づいて見てみるとそれは角ばった膨らみを持つ封筒だった。まさかと思い中身を確認すると中には4、50万円ほどの札束が入っていた。 「どうしよう……」 僕は思わずつぶやいた。 すると突然、天使が現れて僕に言った。 「きっとこのお金を落とした人は困っています。すぐに交番に届けてあげましょう」 その通りだと思い、交番へ向かおうとすると今度は僕の中の悪魔が囁きかけてきた。 「とっちまえよ。どうせバレないって。落とした奴が悪い」 悪魔は続けて僕に言った。 「これだけのお金があったら、お前がやりたいことができるぞ?」 そう言われても僕にはあんまりピンとこなかった。校則でバイトができない僕にとってこの4、50万円というのはかなりの大金だ。仮に自分のものになったとしてもいまいち使い方がイメージできない。 僕に悪魔の言葉が刺さっていないのに気づくと悪魔は露骨に顔をしかめ、天使は嬉しそうに頷いた。 「あなたの反応は正しいです。悪魔の言葉に耳を貸してはいけません。不当に得たお金をどう使ったって幸せになることなんて出来ません」 天使の言葉は腑に落ちた。きっとお金の使い方が想像できなかったのは拾ったお金が大金だったからだけではなくて、後ろめたさがあったのかもしれない。 「そんなことはないだろ。手にした手順はどうであれ、金は金だ。すぐに使わなくたって持っていればいつか必ず役に立つ」 「そんなものは詭弁です。人のお金を盗っていい理由にはなりません」 「『盗る』じゃなくて、『拾う』だ。そこは間違えんな」 「どちらも同じことです。持ち主が辛い思いをします」 天使と悪魔が睨み合う。そして、天使がはっきと断言した。 「そろそろ諦めなさい。お金を拾い、自分のものにすると言う選択はあり得ないんです。このお金は交番に届け、持ち主の元へ返すべきです。人の為に行動をすることはお金なんかよりずっと価値があることなのだから」 お金を自分のものにすると言うのは最初から全然乗り気ではなかった。そして、この天使の言葉を聞いてお金は交番に届けようと思った。 しかしその時、悪魔が僕に向かって言った。 「人の為の行動なんて、そんなことに本当に価値があると思っているのか?」 「そんはことは当たり前です。人はお互いに助け合い、生きていくべきなのです」 悪魔の言葉に天使が反論した。 「いいや、違うな。いいか?人は自分の為に生きるべきだ」 悪魔は天使の反論を一蹴し、僕に語りかけてきた。 「おまえが人の為に出来ることなんてたかが知れている。お前だけじゃない。誰だってそうだ。人助けじゃ、せいぜい不幸を帳消しにするのが関の山だ。それじゃ誰も幸せにはなれない」 「悪魔の言葉に惑わされてはいけません」 「天使は黙殺しろ」 悪魔は続けた。 「人を幸せにするのは誰だって自分自身だ。わかるか?お前自身のことを考えてお前のために行動できるのはお前だけなんだよ。お前にしかできないことなんだ」 僕はその言葉に強い衝撃を受けた。僕はいつからか人の為に行動することは大切だと思っていた。でも本当は消去法的に当たり障りのない選択を取り続けていただけなのかもしれない。僕は封筒に手を伸ばした。 すると、今度は天使が言った。 「でもそれ、犯罪ですよ」 僕の手がぴたりと止まった。 「こんな道端に落ちている大金が果たしてまともなお金でしょうか?もしかしたら犯罪に関わったお金かもしれません」 悪魔見ると悪魔は素早く目を逸らした。 僕は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。 そうだ、こいつは悪魔なんだ。だから俺に悪いことをさせようとしてくる。僕のことなんて考えていない。そして、天使もそれは同じだ。 「僕はこのお金を盗らない」 悪魔が舌打ちをする。 「そして、交番にも届けない」 天使が目を見開く。 どちらの言葉も自分のためのものではなかった。でも、ただ一つ、確かに心に響いた言葉があった。 「自分のための行動は自分にしかできない」 僕はお金を見なかったことにして通り過ぎることにした。 少し歩くと何かに足を取られて転んだ。見ると空き缶が落ちていた。 少し苦笑いが溢れた。どつやら僕はそう簡単には変わらないらしい。 僕はその空き缶を近くのゴミ箱に捨てた。
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