3. 十万円で売れた落書き

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3. 十万円で売れた落書き

 中は高級ホテルのような上質な雰囲気で、木材で作られた廊下が伸びており、そこを進むと突き当りが巨大な丸い吹き抜けだった。  見上げると、まるで高層ビルのように見渡す限り無数のフロアが構成され、各フロアはそれぞれ個性的なインテリアがのぞいている。多くの人が楽しそうに吹き抜けを行きかい、フロアでは楽しそうに話している。まるで数千階建てのイオンモールといった風情だった。  そしてあちこちに出ている看板はアニメキャラやレトロなネオンサインなど華やかで、文字も英語や中国語など多彩な言語が並んでいる。 「うはっ、これはすごい!」  その圧倒的ににぎやかな雰囲気に和真は目を輝かせた。 「このスカイフォールは一つのショッピングモールであり、オフィスビルであり、都市なのよ」 「都市? ここはゲームの世界……だよね?」 「ゲームって言ったって百万人同時接続してるからもう生活基盤だし社会なんだわ。居心地いいからゲーム関係なくここにオフィス構えてる会社もあるし、ゲームの中でお金儲けもできちゃうのよ」 「ゲームで金儲け!?」  想像もしなかったことに和真は目を丸くする。 「P2E(Play to Earn)と言って、ゲームで得たものが高値で売れちゃったりするのよ。知り合いはそれで億万長者だわ」 「遊んだだけで?」 「遊んだだけよ?」  芽依は肩をすくめる。 「……、ちょっとそれ、教えてくんない?」 「焦らない、焦らない」  芽依はニヤッと笑ってそう言うと、和真の手を取って吹き抜けに飛び込み、上空へツーっと飛んだ。  どこまでも続くフロアはまさに都市そのものだった。百万人の人がこのスカイフォールの中で遊んだり商売したり会議したりしているのだ。物理法則を無視できる仮想現実空間ならではのダイナミックな構造物に和真は圧倒されていた。  ある階はクラブのようなきらびやかな照明が瞬き、ある階は森林のようだった。そして、楽しそうに活動している人々、それはたかがゲームだと思っていた和真の先入観を根底から破壊した。  しばらく上ると、芽依は大理石でできたシックなフロアに着地する。 「ようこそ私の画廊へ」  芽依はそう言いながら重厚なドアを開けた。 「『私の』って……何? ここ芽依のなの?」 「そうよ。この部屋は私が買ったんだ。百万円くらいしたけど」 「ひゃ! 百万!? どうしたのそのお金?」  和真は目を丸くして芽依を見つめた。とても一般の高校生買えるような金額じゃない。 「描いた絵をね、NFTというブロックチェーンデータにして売ってるのよ」  そういって芽依は壁に飾られているアートを紹介した。  それは点の集合体で作られたピクセルアート、いろいろな表情の犬の絵がずらりと並んでいた。 「え? 何、この落書き。こんなの買う人なんているの?」  和真は怪訝(けげん)そうに絵を眺める。 「落書きとは何よ! これ、十万円くらいで取引されているのよ?」 「十万!? 買う人バカじゃないの!?」  和真は額に手を当てて宙を仰ぐ。 「分かってないわねぇ、十万で買った人は二十万で売るのよ」 「へっ!? どういう……こと?」 「NFTアートの市場は今どんどん大きくなってるから持ってると値上がりするのよ」  芽依は嬉しそうに笑った。 「じゃぁ、買った人は儲けるために買ってるの?」 「そうよ、それに彼ら仮想通貨で億単位で儲けてるからね。十万円くらい小遣い感覚よ」 「はぁ~、何それ……」  和真はゆっくりと首を振った。 「おかしいとは思うんだけどね。でも、この流れは誰にも止められないわよ」 「いやいや、そんなのただのバブルだって。現実を見なきゃ!」 「もちろんこんな絵が十万で売れるなんてこと、いつまでも続かない。でも、これからもっともっと多くの人がこの世界に入ってくるわ。そして、人口が増え続けている間はバブルは続いちゃうんだな」 「それって……いつまで?」 「三年から五年じゃないかな? それまでに何億円か稼げたら足を洗うわよ」  芽依はニコッと笑った。 「何億って……、どうやって?」 「例えばこのスニーカー、これ、CriptoEllasseの初期の作品なんだけどこのシリーズは世界で三十足しかないのよ」  芽依は自分が履いている、オレンジ色に輝くラインの入った先進的なデザインの靴を指さす。 「へ? それで?」 「今だと数千万円で売れると思うわ」 「は? この靴が?」 「そう、これが」 「やっぱおかしいよ……」  和真は目をつぶって首を振った。 「で、これ、多分来年には億に達すると思うわ」 「この靴で億万長者ってこと? ……。ほんと、バカバカしい!」 「バカバカしいと笑うか、バカバカしいなら儲けるかどっちがいい?」  芽依はニヤな目で和真を見る。 「……。そりゃぁ……儲けたい……」 「はっはっは! みんなそうなのよ。だからどんどん値段は上がっちゃうの」  芽依はドヤ顔で笑い、和真は大きく息をついた。
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