36. 誓いのチュー!

1/1
前へ
/38ページ
次へ

36. 誓いのチュー!

 やがて土埃が晴れてくると、上空に巨大なものがそそり立っている様子が浮かび上がってくる。  見上げるとどこまでも、宇宙までも続いているかと思われる巨木だった。幹の太さはそれこそ十キロはありそうである。雲の上から張り出した枝は大空を覆い、その荘厳な姿はまるで巨大な島が浮いているかのようだった。  高さ数十キロ、富士山の十倍にもなろうという巨大な樹木は、伝説にうたわれた、天を支えるという世界樹そのものだった。 「うはぁ……」  和真はその威容を見上げ、絶句する。  さっき落ちてきた枝のようなものは根だったのだ。大地深く打ち込まれた巨大な根はこの壮大な樹木をしっかりと支えている。  上の方はかすんで見えないスケールであり、登っていったら大気圏は超えてしまいそうだ。 「どう? 気に入った?」  シアンはニコニコしながら言う。 「あっ……はい……」 「この中に魔法の世界を作ればいいね」 「……。頑張ります」  和真は思い付きで招いた事態に圧倒されていたが、神様の仕事というのはこういうことなのかもしれないと思いなおし、ギュッとこぶしに力を入れた。 「パパ! 芽依! 手伝ってくれる?」  和真は振り返って聞いた。 「そりゃぁもちろん」「任せて!」 「あら、ママだって手伝うわよ? 応援専門だけど!」  ママは屈託のない笑顔で嬉しそうに笑う。  和真はちょっと照れながら、 「ありがとう、みんな」  と頭を下げた。         ◇  それから三年が経った――――。 「和ちゃん、どう?」  純白のウェディングドレスに身を包んだ芽依は、はにかみながら聞いた。 「うわぁ……」  思わず見とれてしまう和真。 「ふふーん。惚れ直した?」 「最高だよ……」  和真はそっと芽依を抱き寄せる。 「あー、ダメじゃ! ダメじゃ! お化粧が崩れる!」  紅いドレスに身を包んだ金髪おかっぱのレヴィアが制止する。  ここはEverLandの森の中に特別に建てられたチャペルの控室。今日は二人の結婚式なのだ。           ◇  和真はチャペルの壇上に呼ばれ、スタンバイさせられる。牧師役としてシアンがクリーム色の法衣を纏い、ニコニコしながら会場を見ている。  まだ八歳のシアンにやらせるのは不安があったが、『やる!』と言うシアンを止められる人などいなかった。下手に断るとまたシーライオンに乗って乱入してくるかもしれないのだ。  チャペル内には両家の親族が呼ばれているが、秘かに転送されてきた彼らはここがどこだかわかっていない。彼らの世間話が静かなチャペル内に響き、和真はそれを穏やかな顔で眺めていた。  ブォ――――!  パイプオルガンの和音の重低音がチャペルに響き渡り、いよいよ式が始まった。  結婚行進曲が厳かに演奏され、正面のドアがギギギーっと開いていく。  まず、タニアがバスケットいっぱいの花びらをばらまきながら入場してくる。可愛い幼女がプニプニのほっぺで笑顔を振りまき、参列客のほほを緩ませていく。  続いて芽依と、芽依の父親が赤じゅうたんの上を歩きながら入ってきた。  ゆっくりと歩きながら、親族の祝福を受けつつ、芽依は幸せいっぱいの笑顔を振りまいている。  そして、壇上に上がってくる芽依。 「みなさん、今日はおめでとう! これから和真君と芽依ちゃんの結婚式を始めマース!」  シアンは元気いっぱいに右腕を高く掲げると、嬉しそうに開式を宣言した。 「和真君! 芽依ちゃんを一生大切にするかい?」  シアンはクリっとした鮮やかな碧眼で和真の目をのぞき込むように聞く。  そのフランクな口ぶりにちょっと不安を感じながら、和真は、 「もちろんです!」  と、胸を張った。 「浮気はダメだぞ?」  鋭い視線でにらむシアン。 「そ、そんなことしません!」 「絶対?」 「絶対!」 「よろしい!」  シアンは満足そうに笑い。会場にはクスクスと笑いが上がる。 「芽依ちゃん! 和真君でよかった?」 「えっ!?」 「芽依ちゃんモテるでしょ? 他にもいい人、いっぱいいるんじゃ?」 「いい人は和ちゃんしかいません!」  芽依は憤慨しながら言った。  シアンは嬉しそうにうんうんとうなずく。  二人は指輪交換をする。表参道に行って二人で選んだお揃いの金のリングだ。 「それでは誓いのチュー!」  シアンは最高の笑顔で腕を高々と掲げた。  和真も芽依も苦笑して、見つめあう。  ベールをゆっくりと持ち上げる和真。  目をつぶり、上を向く芽依。  和真の脳裏に芽依との思い出が次々と浮かんでくる。おてんば娘の芽依とプールのウォータースライダーで一緒に滑って自分がおぼれかけ、芽依に引っ張り上げてもらったこと、その後チューアイスを二つに割って分け合ったこと、カブトムシを一緒に捕りに行って捕まえられずに()ねてる芽依に自分のをあげたこと、そんな無数の思い出が湧きだしてきて和真はつい涙ぐんでしまう。  そうやって積み重ねてきた大切な思い出たちの上に僕らはいるのだ。それらは温かい輝きを放ちながら二人を結びつけ、そして今、多くの参列客と神様たちに見守られながら新たな人生を一緒に歩き出していく。  和真は軽く目じりをぬぐうと、芽依のぷっくりとしたイチゴのような唇にそっと近づき、優しく重ねる。  うわ――――! わ――――!  歓声が起こり、パチパチパチパチと拍手がチャペルに響き渡った。 「これで、二人は夫婦として認められました! おめでとう!」  シアンはそう言って二人の背中をパンパンと叩いた。  ブォ――――! っとひときわ力強く結婚行進曲がチャペルに響き渡る。  幸せいっぱいの笑顔で見つめあう二人。  幼いころからずっと一緒で、けんかもいっぱいしてきた。でも、今、怒涛のような日々を超え、ついに夫婦となったのだ。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加