特典映像

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 今から2週間ほど前のこと。何となく古い映画が見たくなった俺は、久々にレンタルショップに行って、DVDを借りてきた。今時は大抵の映画もドラマもネット配信で見られるけれども、古い作品とか、どっちかというとマイナーな作品なんかだと、配信されていないものも結構ある。そういう作品については、昔発売されたDVDでしか見られないものもあり、レンタルショップの方も、そういう作品の品揃えに結構力を入れていたりもする。これもニッチというやつだろうか。俺も、このショップに、どんな作品が置いてあるのかを確認方々、たまに店先を冷やかしたりしていたし、今回見たいと思った昭和の中頃のSF映画のDVDがここに有るのも、確認済みだった。  陳列棚を見ると、ちゃんと以前見たのと同じ場所にDVDのケースがあり、貸し出し中でもなかった。良かった。早速手に取って、レジに向かう。最近はセルフレジを導入している店も多いが、俺はどうも新しい機械が苦手で、なかなか操作を覚えられない。それに、もともとこの店は客が少なく、いつも店員が暇そうにしているので、声をかけると喜ばれそうな気がするのだ。  ケースを差し出すと、今にも瞼がくっつきそうな様子で突っ立っていた若い兄ちゃんが、マスクの中から物憂げな声で呟いた。 「ご返却は一週間後でよろしかったでしょうか」 「はい」  兄ちゃんがのろのろとバーコードを操作すると、端末からレシート見たいな紙切れが吐き出される。 「では、一週間後、5月12日のご返却になります。ご返却が遅れますと、1日300円の延滞料が発生しますので、ご注意ください」  眠そうな目をしながらも、一応大事な注意事項は伝えてきた。勿論、今まで延滞なんてしたことはない。料金を払って、店を出る。  家に帰ると、早速袋からケースを取り出してみた。いかにもおどろおどろしい感じの封切り当時の映画用ポスターをそのままジャケットに使っていて、なかなか趣がある。早く見ようとしてケースを開けた俺は、少し違和感を覚えた。  見開き型のケースの中には、当然、DVDのディスクが一枚入っている。表面には、独特の書体で書かれた映画のタイトルが、これまたおどろおどろしい背景画をバックに印刷されている。配給会社のロゴも固有の自体でちゃんと表示されている。要は、当たり前だが、ちゃんとした正規のセルDVDという感じのものが、ケースの真ん中にきちんとはめ込まれている。  ところが、もう一枚、妙なディスクが入っているのだ。  表面には何の絵も印刷されてない。真っ白い表面には、明らかに人の肉筆で、「特典映像」とだけ書かれたある。本物の特典映像なら、ちゃんと本編と同じような体裁のディスクになっているだろう。これはどう見ても、家庭用のディスクに人の手で特典映像という文字が書かれただけの代物に見える。DVDのケースを見ても、「特典映像付き」というような文字は見られない。  なんだろう。ショップの中で紛れ込んだのか?どんな映像が入っているんだろう。今や、俺の関心は、本編よりもこの謎の特典映像ディスクに捉われてしまっていた。  早速、デッキを開いて真っ白いディスクを入れてみる。しばらくしてテレビの画面に、いきなり映像が現れる。配給会社のロゴも宣伝映像も何も現れない。やはり、個人的に作成されたもののようだ。  いきなり現れた映像は、どこかの部屋のようだ。殺風景な真っ白な壁が広がっており、その前には、一人の人間が椅子に座っている。よく見ると、覆面を被らされた女性が椅子に座らされているようだ。なぜ女性と分かったかと言えば、首から下が素っ裸だったのだ。真っ白な肌にいかにも女性らしい曲線を描くその肢体が妙になまめかしく見える。よく見ると、女性は後ろ手に椅子に縛り付けられているようだ。女性の表情は覆面のせいでよくわからないが、何かにおびえているように見える。  そうこうしているうちに、画面の左手の方から、これまた覆面で顔を隠した男が入り込んできた。その瞬間、女性の口が大きく開かれ、身もだえするようにもがき始めた。どうも音声は入れていないようだ。だが、覆面の下からでも明らかに女性が恐怖に怯えているのは、はっきりと伝わってくる。 (え?これって……まさか……)  俺の視線は画面に釘付けになっている。果たして、男は、傍らのカバンの中から、巨大なナイフを取り出した。でかいアーミーナイフだ。今時こんなもの持ってたら、違法じゃないのか。というより、これからこいつのやろうとしているのは……  男は、画面の中からこちらの方を向いて、取り出したナイフをひらひらと振って見せた。覆面に開けられた穴から見える目も口も、明らかに笑っている。 (やっぱり……)  今や俺の緊張は頂点に達していた。喉が渇き、自分でも口が半開きになっているのがわかるくらいだった。と、見る間に、男が女の喉笛にナイフを当てると、一直線に横に滑らせた。次の瞬間、画面の中で真っ赤な鮮血が噴水みたいに吹き上がる。女の口が最大限に開かれ、より一層激しく身もだえしている。男は頭から盛大に返り血を浴びているが、それもものともせず、今度は女のみぞおち辺りにナイフを突き立てると、一直線に真下に向けて胴体を切り裂く。裂け目から、滝のように血が流れ落ち、様々な色彩の内臓がゆっくりとはみ出てくる。ピンク色の長い小腸が女の脚の間にだらりとぶら下がった。  椅子に縛り付けられた女は、たちまち生命反応の無い、無機物と化した。男は、死体になった女を眺めると、満足気に頷いて椅子の後ろに回った。ぐったりして項垂れている女の首を髪を掴んで引き起こすと、顔を画面に向けさせ、無造作に覆面をはぎ取る。女の端正な顔が露わになった。目鼻立ちの整った美しい顔からは、完全に精気が消滅しており、色白の顔が石膏像のように見えた。光の失せた死んだ魚のような目が、画面の中からぼんやりとこちらを見ている。  覆面を被ったままの男がカメラに向かって慇懃にお辞儀をしてみせると、画面はすぐに暗転した。  つまり、「特典映像」とは、いわゆるスナッフビデオだったのだ。改めて時間を測ってみると、意外に短いもので、十数分程度だった。ともかく、そもそも誰がどんな意図でこれを作って、一般のレンタルDVDのケースに入れておいたのか……俺には勿論知る由も無かった。  だが、そんなことはもう、どうでも良かった。今や俺は、すっかりその残酷で猟奇的な映像の虜になってしまっていた。こんな興奮を味わうのは何年振りだろう。本編のディスクのことなんかすっかり忘れてしまった俺は、毎日毎日特典映像だけを一日に何度も見るようになっていた。それはまさに至福の時間だった。  だが、さすがに十日目ぐらいになると、ぼちぼち興奮も薄れてくる。そしてふと冷静になると、返却期限を過ぎてしまっていることに気づいた。しまった。延滞料を取られてしまう。俺は急いでDVDを返却することにしたが、その前にダビングすることも忘れなかった。家庭用ディスクに録画されたものだから、多分プロテクションは、かかってないかもしれないと踏んでダメ元で試してみたのだが、やはり上手く行った。  ショップに行って、レジに向かうと、俺は照れ笑いを浮かべながら、取り出したケースを店員に渡す。 「すいません、ちょっと延滞しちゃいまして。おいくらですか?」 「はい、少々お待ちくださいね」  マスクをした女性店員が、端末を見ながら「それでは、延長二日分ですので、600円になります」と言った。  俺がトレーに置いた現金をレジに入れると、店員がケースを指さして聞いてきた。 「それ、如何でした?」 「え?あ、いや、良かったですよ。私、この映画、前から好きだったんで。あはは」  本編を一度も見なかった俺が出まかせを言うと、彼女は首を振った。 「いえ、本編じゃなくて、特典映像の方ですよ」  白い不織布マスクの上の目だけがおかしそうに笑っている。 「え?はあ?あの……」 「だって、御覧になったんでしょう?ダビングまでされたんでしょう?相当気に入られたんじゃないですか」  口ごもる俺に向かって、畳みかけるように訊ねてくる。秘密にしておきたい話をストレートに抉ってくるような話し方に、俺は思わず逆上して声を荒げてしまった。 「なんだよ、そんなのあんたに関係無いじゃないか。大体、ダビングとか、なんでそんなことが言えるんだ。あんた、ストーカーかい?」 「だって、あんなに熱心に見てらっしゃったから。ねえ?」  彼女がゆっくりとマスクを外すと、飽きるまで画面の中で眺め続けていたあの女の顔が現れた。 [了]
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