表裏

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表裏

授賞式から1週間程過ぎた頃、朝一番に電話が鳴った。 平日の9時なんて、早いとは言えないのかもしれないが、フリーになってからというものの、こんな時間に電話がくること自体が珍しい。 「観光協会の橋本です。朝からすみません。今、よろしいですか?」 もう連絡がくることはないだろうと思っていた人物からの電話に、何かあったのかと未来は身構える。 「橋本さん、先日はいろいろとお世話になりました。どうかされましたか?」 「こちらこそ、ありがとうございました。それで早速なんですが、今回、受賞したのがプロのライターさんとデザイナーさんだったということで、引き続き、観光協会の仕事をお願い出来ないかと思いまして、お電話差し上げました。」 橋本の話は思いがけず、有難い内容だったが、ひとつ疑問があった。 「橋本さん、とても嬉しい話ですが、代理店さんと契約されてますよね?」 「ええ。そちらも是非との事です。ですから心配はいりません。村上さんも引き受けてくれました。」 未来(みき)は、ひとつ深呼吸すると、電話の向こうの橋本に言った。 「ありがとうございます。よろしくお願いします。」 今の未来にとって、年契約の仕事など、夢のような話だ。 私はしっかり仕事をすればいいだけ、と気合いを入れると、やった!と嬉しさが込み上げてきた。 しかし、いつものように週末を迎え、いざ青島を目の前にするとさすがに身構えてしまった。 「この間の観光協会のコンテスト、村上さんのロゴはこれからもずっと使われていくんですけど、キャッチコピーは毎年コンテストを開催するそうなんです。」 「そうか。来年も応募するつもりなのか?」 冗談を言う青島に、まさか、と未来は笑った。 「だから次のコンテストで、新しいコピーが決まるまでの一年間、観光協会の仕事をしないかって依頼されて…。」 そこまで聞いて、やっと未来が言わんとしていることを理解した青島は、真顔になって未来に聞いた。 「引き受けたんだな。」 「はい。」 と未来は、神妙な面持ちで答えた。 「正直、条件は良くないと思うが、これから事あるごとにいろいろな媒体で広告を出すだろうから、いい経験になるんじゃないのか。それに年契約の仕事なんて、断る理由がない。」 あまりにも青島らしく言うので、未来は少し拍子抜けしてしまい、曖昧な相槌になる。 「そんな仕事は受けるなとでも、言うと思ったか?」 青島が、そんなことを言うはずがないことは分かっていた。 そうだとしたら、どんな反応が返ってくると私は思っていたんだろう、と未来は狼狽える。 すると、そんな未来を見ていた青島は、急に笑い出した。
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