コスプレ衣装

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コスプレ衣装

「しおりちゃん、服を着てみせて」 「はい、どうしますか?着替えを見ますか?それとも、着替えた後を見た方がいいですか?」 「うーん、他のお客さんはどうしてるの」 「皆さんそれぞれだと思いますけど、私今日が初めての出勤で」 そう言うと、お客さんはあからさまに表情を変えて、元々十分大きかった目をさらに大きくして、それからますます唇の皺がなくなった。 大丈夫そうだろうか、そのうち皮膚が切れるんじゃないだろうか。 ああそうか、嬉しいものなのか、風俗嬢のはじめての客になる、と言うのは。 なんだかしおりは思う。 このお客さんの顔の造形はきっと、「整った端正な」とは正反対なのだろうが、とても愛嬌があって、親しみやすいような気がして来た。 そうか、いくらしおりから見てとんでもないプレイ内容を欲して風俗店の会員になっているとは言え、このお客さんだって人間なのだなと言う気がして、可愛らしいとすら思った。 そうだった、どんな人も人間なのだった。 それはキャバクラで働いている時にも思ったことだった。 けれど、時々は「人でなし」であろうと言う人間と出会うこともあった。 だから身構える癖がついていた。 大丈夫だ、しおり、この人は人間だし、多分どちらかと言ったらば、良い部類の人間な気がする。 「じゃあ、着替えも見てていいかな」 「もちろん、いいですよ」 「しおりちゃん、痩せているね」 「ああ、太れない体質で」 「じゃあ、次に指名する時は、ご飯を食べに連れて行ってあげるよ」 「いいんですか、嬉しいです。楽しみにしてますね」 もう明日になったら、しおりはいないのだが。 そんな話をしながら、しおりはプレイ道具用のバックに詰めて来た衣装を取り出す為にソファから立ち上がり、バックを置いてあった床にしゃがみ込むと、中身をゴソゴソとあさる。 しおりには似合うはずもないそのコスプレの衣装はOLの衣装だ。 こんな金髪で髪を巻いている化粧の濃いOLがいたらクビにならないんだろうか。 しおりはOLと言う仕事をしたことが一度もなかったので「会社」と言うものがどう言った場所で、どのような雰囲気なのかは、正直ドラマや漫画の世界の中でしか知らなかった。 とにかく、まず似合わないとは思うが、お客さんがお望みなのだから着なければならない。 そして、このお客さんは私のことを多分好意的に見てこのラブホテルの一室へと入ることを許可した。つまり似合わなくてもそこはまあOKだと言うことなのだろう。 店にある衣装はしおりが働き始めてからは頻繁にクリーニングに出すようにしていたので、しおりが勤めはじめたばかりの頃のようにくしゃくしゃではなく、生地もピシっとしていて、偽物っぽさを前面に押し出してしまう程ではなくなっていた。 お客さんと何気ない会話を続けながら、私は今日店まで着て来ただけの私服である白いワンピースのチャックを下ろす。 うなじに腕を回して、まずは上から真ん中まで、それから今度は腕を下から回して真ん中から腰の辺りまで。 ジジジ、と小さな音を肌に響かせてあっさりと一枚だけの布はストンと足元へと落ちて、しおりと言う空洞を中心に丸く円を描く。 ブラジャーとショーツだけの姿になったしおりを見ても、お客さんはソファから立ち上がったり、こちらに向かって来たり、そう言った行動は取らなかった。 ただ、目をキラキラとさせて、子供のように無邪気にしおりの瘦せ細った体と、上下セットの淡いピンク色の下着を見ては楽しそうにしていた。 しおりの左腕を埋め尽くす沢山の傷跡にも気づいてはいただろうが、そのことを意にも介さずに、好奇心の方が勝っていると言う態度でもって、イチイチ目を大きくしたり小さくしたりする、その無遠慮な感じがいいな、このお客さんで良かったな、と言う気にさせた。
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