お気に召された

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お気に召された

「しおりちゃん、下着は取らなくていいよ」 「あ、わかりました」 「衣装を着て欲しいからね」 「そうですね、お恥ずかしいです」 つい、ブラジャーのホックへと手をかけたしおりに、お客さんからのストップが入る。 そうだ、このお客さんは、風俗店とは言えデリヘルや箱ヘル、さらには多分ソープであっても出来ない、そう言う店に在籍している嬢にはオプションですらも望めない、そんなプレイがしたい、と言う欲望を満たす為にこの店に会員として登録したのだった。 ついつい、誰かとラブホに来たらいつもこうしていたし、と言う流れで全てを取っ払ってしまいそうになっていた。 しおりが、失敗しちゃった、なんて可愛い子ぶると、出目金だったお客さんの目がなくなって、ただの普通の金魚のようになる。 笑ってくれているようなので良かった、と思いつつホックから指を外すと、バックを引き寄せ、折り目正しく畳まれたOLの衣装を取り出す。 OLの衣装とは言っても、しおりはOLと言われる職業の人が実際にはどんな服装で会社に通勤し、働いているのか知らないので、これがOLの衣装として適当かどうかと言われると、果たして合っているのかすらわからない。 けれどまあ、きっとこれがOLの衣装なのだ。 だってネットでそう謳っているものを社長が購入したのだろうし。 まず一枚目、ただの白の生地が硬めのブラウスを羽織ると、ボタンを上から下へとひとつずつとめていく。 襟のところは苦しいので二つばかりとめなかったが、今度はお客さんからのストップはかからなかった。 次は黒い膝までのタイトスカートだ。 お風呂に入る時のように、片脚から入れて、それからもう片方も入れて、腰まで引き上げてから脇にあるボタンを留め、チャックを上げる。 そのスカートと同じ質感、色のベストに腕を通して、大きめのボタンをとめたら、薄めの黒のストッキングを履く。 ストッキングなんて日頃全く履かないので、少しばかり苦戦しながらなんとか身につけてみたら、胸の下まで伸びてしまった。 これは合っているのだろうか、と思いつつも、最後に3センチくらいのヒールのあるパンプスにつま先を詰めて出来上がりだ。 「いいね、しおりちゃん、似合うね」 「ええ?本当ですか?」 「うん、OLってきっとこういうのなんだね」 「私はOLさんて、知らなくて」 「僕の会社には女の子がいないから、僕も知らないんだ」 「へえ、どういうお仕事の会社なんですか?」 「それは仲良くなったら教えてあげるね」 「そうなんですね、楽しみが増えました」 「しおりちゃんは、本当にいい子だなあ」 「そんなんじゃ、ないです」 どうやら、こんな成り損ないのコスプレ感丸出しの失敗作なOLでも、お客さんは満足してくれたらしい。 気分を害されなくて良かった、とまずは一息つく。 バックの中に残った小さな幾つかの箱と、念のためのオムツと、念のための痛み止めのお薬と、念のための剃刀。 どうやらこのお客さんには剃刀は必要なさそうだ、と思うと二つあった不安のうちの、どちらかと言ったら大きめの方の一つは消えてくれた。 なんだ、普通にいい人じゃん。 なんて思いながら、しおりは次の準備に取り掛かる。
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