歪む表情

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歪む表情

しおりは、上手く苦しむことが出来るだろうか?このお客さんが満足するような醜態を晒すことが出来るだろうか? 「私」は自分が醜態を晒すことを嫌った。 けれど、「しおり」ならば出来る。 きっと出来る、このお客さんが見たいと言う、そんなしおりの姿を演じることが出来る。 しおりが「ありがとうございます」と言ってから、三つの小さな箱を手に持ったままベッドの真ん中まで四つん這いで進むと、お客さんがくるりとこちらを向き、ベッドの端っこへと正座した。 そうだ、だって見たいのだから、当たり前だ、と思いながらも一応聞いてみる。 「あの、これ、私が自分でやっていいんですか?」 「うん、そうだよ。僕がやると思ってたの?」 「はい、えっと、はじめてで、よくわからなくて」 「いいんだよ、そうやって聞いてくれたらいいからね」 「上手く出来なかったらごめんなさい」 「いいんだよ、しおりちゃんは可愛いね」 「えっと、ありがとう、ございます」 このお客さんが望んでいることがなんとなくわかって来た。 いや、わかったのかどうかは知らないけれど、どうすればいいのかはわかった。 しおりは、頭の中でこのお客さんの存在はないものとして考えようと極力努力することにした。 一人だと思えば、一人で部屋で行っている行為だと思えば、全然平気なことなのだから。 けれど、そう上手くもいくわけがないと言うことはすぐにわかることなのだが。 「じゃあ、しおりちゃんどうぞ」 「はあ、わかりました」 私は三つの小さな箱の一つ目を開けると、中身を取り出す。 その中身の、このプレイには重要なアイテムであるそれはさらに透明な袋に包まれていたので、その袋も開ける。 手のひらにおさまる程度の大きさのそれは、たった一つでは足りないのではないだろうか、と言う気がしたので、二つ目の箱も開けて一つ目と同じように透明な袋から出して、横になる自分の手が届く範囲に置く。 三つ目の箱は必要になったら開けようと、ベッドサイドに手を伸ばして、そちらに立てておく。 さて、はじめるしかない。 しおりはまずは普通にベッドに横になると、自分の重みで沈んだ羽根布団をコロコロと転がって滑り落ちてくるそのアイテム二つをつかみ取る。 敢えて、お客さんには背中を向けた状態で横になった。 いないものとして扱いたかったし、その為にはなるべく視界に入らない方が良いと言う判断からだった。 それにお客さんだってその方が喜ぶと思ったのだ。 しかしそうではなかった。 「しおりちゃん、こっち向いてやってくれないかな」 「え、そうなんですか?」 「顔が見えないのは嫌なんだ」 そんな、普通の男女の営みの最中に言うのだったならば、そこそこ可愛いと思えるセリフを言われても。 だって出目金だし、風俗のお客さんだし、プレイの内容はアレだし、つまり性的嗜好がしおりとも私とも全然違うわけで。 そんな風に一瞬頭でグチャグチャ考えても、結局答えを見つけ出してしまう。 と言うか、さっき見つけたばかりではないか。 それがちょっと、さらに、もっと、なんと言うか、マニアックの度合いが違っていただけだ。 しおりは、このお客さんが目的としているであろうことが「あくまでもしおりが苦しんでのた打ち回っている姿と、その表情が見たい」のだと言うことを再認識した。 しおりは逆に、エロス的な方で物事を捉えていたものだから、きっと臀部が見えた方が良いだろう、このようなアイテムを使うのであれば目当ての部位があるに違いない、ではもちろんそこにこのアイテムの細長い管が挿入されて行く様を見て見たいのではないだろうか、と、そんな風に考えていた。 いや、わからない。 苦しむ表情が見たい、これも一つのエロスなのかもしれないので、エロスに詳しくもないしおりが勝手に定義を作ってはいけなかったな、と反省する。 そして、それと共に「こう言う人もいるのだな」と言う経験として、またひとつ小さなどうでも良い衝撃が記憶の中に蓄積されたのだった。
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