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寂しい気持ち
「じゃあ、しおりちゃんが、喋れるうちは、お喋りしようね」
「はい、でも、もう苦しいかも」
「そうなの?どんな風に?」
「腰回りがうずいて、お腹の中心がぐるぐるします、ちょっと痛い」
「そっか!そっか!まだ、5分くらいだよ!しおりちゃん、すごい、すごい」
「なんか、冷や汗をかいちゃいそうで…」
「そうなだ!大変だね、漏らしちゃったら、汚しちゃうね、我慢できる?」
「はい、10分までは、我慢します…」
「えらいね、しおりちゃん、でも、出そうになったら、すぐにトイレに、ね?」
そんなに早く、しおりの腸内に残されている物体が出てくるわけなどない。
なんたってしおりはご飯をほとんど食べないのだから。
ほぼ酒と唯一食べられるマグロの刺身だけを摂取して生きているのだ。
それなのに、「出すもの」がそれなりにこのお腹の中にたまっているかどうかすらもわからない。
もしこのお客さんが、しおりから排出された物もちゃんと見てみたいと言ったらどうしよう。
多分ほとんどが水であろうと思うのだが、それでも良いものなのだろうか。
そんなことを考えている間も、しおりは必死に苦痛に歪む表情をしてお客さんを喜ばせた。
「ううう、お腹、いたい…」
「そっか、そっか、しおりちゃん、お腹、痛いんだね」
「はい、お腹痛くて、がんばって、我慢して、ます」
「うん、頑張って、あともう少しだからね」
お客さんの腕時計を見ると、あと3分ほどで、イチジク浣腸を二つ自分の中へと入れてから10分経つ、と言う時間だった。
どうしよう、と思った。
お腹が痛くならないのだ。
しおりは先ほどからずっと嘘を言って、嘘で作ったお面をかぶっている。
ふと、こちらに体を向けて正座をしているお客さんの膝小僧に目が行く、そしてその膝小僧が先ほどまでと違って外へと開かれていることにも気づく。
ヤバイ、出目金、勃ってんじゃん。
もう、お客さんはノリノリのようだった。
これから行われるであろう、しおりの晒す大失態シーンへの期待からか、既に気持ちや体は最高潮のボルテージを迎えているらしかった。
どうしたらいいだろうか、最後の三つ目を使うべきだろうか、どう言って三つ目を使おうか。
サービスです、と言うのもおかしいだろう。
しおりはもう既にお腹が痛くてトイレに行きたいのを我慢している、と言う設定なのだから。
でも三つ目を使わないと多分無理だろう。
何も起きないと言う結果になるよりはマシだ、何か良い言葉はないだろうか、何かお客さんを納得させて三つ目のイチジク浣腸を使わなければ、この状況は打破出来そうにもないのだから。
何か思いつけ、しおり、何か思いつけ、しおり、良い方法を、頼む、どうか。
「すみませ、ん…あの、最後の、やつも、使っていいですか?」
「…いいけど、しおりちゃん、大丈夫なの」
「実は…その、…私も好きなんです、こういうの…」
大嘘をついたせいで、本当に頬が、首筋が、体が、全部真っ赤に染まったような気がした。
でももうそれしかなかった。
と、言うか、今のしおりの頭からは、脳ミソからは、そんな言葉しかもう浮かばなかったのだ。
なんせ時間もないし、お客さんは期待でいっぱいだし、しおりの体はそれに応えられるような状態にはなってくれないし、混乱に混乱を重ねてなんとか振り絞った言葉がもうそれだった。
出来るだけ照れているように、可愛らしく、おねだりをするような声音を作って告げたつもりだった。
ある意味本当に冷や汗をかきながら。
「そうなの!?」
あ、良かった。
出目金の目が今までで一番大きく見開かれる。
短いまつ毛が白眼の部分に入り込んでいて痛そうに見えた。
この、今のお客さんの反応、そしてどう考えても歓喜の色を含んで吐き出された息。
そうか、このお客さんにはきっと、今まで同じ性的嗜好を持つ仲間がいなかったに違いない。
そこに、同じ性的嗜好を持っていて、しかも受け身で相手をしてくれる女の子が現れたら、喜ばしい出来事のはずで。
だから、苦し紛れについたしおりの嘘は、このお客さんからしたら同志を見つけたような、自分一人だけが楽しんでいたわけではないと言う事態になるわけで。
それはある意味「お互いがお互いのやり方で、そして二人ともその方法できちんと性的興奮を満たすことが出来る」と言う、本来「普通の性的嗜好」を持つもの同士ならば簡単に心や体の空白を埋めることが出来る、そんな行為が叶うと言うことでもあったのかもしれない。
「はい、恥ずかしくて、…言い出せなくて…」
「しおりちゃん…」
お客さんが、どこかうっとりとしたような声でしおりの名前を呼ぶ。
そして、ほんの少しだけ体をこちらに傾けると腕を伸ばして来て、はじめて愛しそうにしおりの髪を撫でた。
しおりには触れないと言っていたのに、今まで決して布越しの膝小僧以外は触れてこようとしなかったのに。
そうか、このお客さんは寂しかったのだな、と、なんだかそんな気持ちになってしまう。
そういう人が、こういう店の会員になって、なんとか自分の気持ちや心、体を満たそうとするのだな、と。
わかっていたはずのことだけれど、この瞬間にしおりはちゃんと身をもってそのことを理解した。
わかってあげている振りしか出来ないけれど、せめてこのお客さんのことを、料金分は満たしてあげなければ、としおりの心は奮起した。
「三つ目、入れますね」
「うん、うん、しおりちゃん、僕は、しおりちゃんのことを好きになりそうだよ」
「それは、とても嬉しいです」
「しおりちゃん、はやく、一緒に気持ちよくなろうね」
「はい、一緒に、ですね」
普通のセックスをしている男女が呟く、ありきたりな言葉のように「一緒に気持ちよくなろうね」と言ったお客さんは、まるで胸がいっぱいだ、と言う風に大きく感嘆のため息をつくと、そこから先はしおりに対する接し方がまるで恋人同士のように変わった。
触れてくることは二度となかったが、会話につかわれる言葉が恋人に対するそれのようだった。
きっといつか遣ってみたい、誰かにそう囁いてみたい、と憧れていた言葉たちだったのではないだろうか、と思うと、このお客さんと性的嗜好が全く同じ女性がもしこの世にいるのであれば、是非出会って二人で幸せに愛とやらを育んで欲しいと思ってしまった。
「しおりちゃん、大丈夫、どんなしおりちゃんの姿でも、僕は好きだからね」
「はい…ちゃんと、見ててくださいね」
「もし、トイレに間に合わなくても、一緒に片付けをしてあげるから」
「そんなこと」
「いいんだよ、ホテルにだってクリーニング代を払えばいい」
「私が立てなかったら、ちゃんとトイレまで連れて行って下さいね」
「…もちろんだよ!」
三つ目のイチジク浣腸を、既に慣れた手つきで決められた器官へと突き刺すと、一気にグッと中身を腹の中へと注いで、空になった三つの入れ物をベッドサイドへとまとめて放る。
今度はお客さんの方にちゃんと顔を向けて横になり、手のひらを下腹部にあてると一生懸命に揉みしだいた。
出来れば少しでも早く効果が出て欲しいのと、少しでも中身があるのであればこの際全部出してスッキリして帰ろうじゃないか、なんてそんな気持ちになっていた。
「しおりちゃん、本当に全部使ったんだね」
「はい…試してみたくて…」
「早く言ってくれたらよかったのに」
「そんな、だって、恥ずかしかったんです」
「しおりちゃんみたいな子だったら、すぐにお店で人気が出ちゃうね」
「どうでしょうか」
「少し寂しいな」
大丈夫だ、そんな心配をしなくても。
しおりは今日しか存在しない架空のM嬢なのだから。
人気になることもないし、ホームページに写真が載ることもないし、ショーに出演することもないし、指名で埋まることだってもちろんない。
そのかわり、二度と会うことは出来ないが。
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