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120分間だけの恋人
それからベッドとソファのある部屋へと戻ると、お客さんが腕時計を取る為にしおりに背中を向けて歩いて行く。
その間にタイムウォッチを手にとって残り時間を確認すると、もう後5分しかなかった。
しおりは慌ててプレイ用の道具を入れて来たバックをひっつかむと、OLのコスプレを脱いでバックの中に詰め込む。
ベッドの方から戻って来たお客さんが、ストッキングを持って来てくれたので、それもバックの中に放り込んだ。
床に脱ぎっぱなしだったワンピースを拾い上げて頭から被ると、背中のチャックを急いで首筋まであげる。
金髪の巻いた髪が少しだけ引っかかったので、無慈悲に千切る。
しおりは可愛らしいM嬢かもしれないが、「私」は本来とてもガサツで雑な女であった。
「今日は、ありがとうございました」
と、プレイ用のバックを肩にかけて、お客さんの方に向き直ると頭をペコリと下げる。
するとお客さんはとても寂しそうな素振りで、後ろ髪ひかれるようにしおりの事を見た。
「ありがとうは僕の方だよ」
「そんな」
「そんなこと、あるんだ」
そう言うと、お客さんははめたばかりの腕時計をもう一度外すと、しおりに向かって「はい」と手渡して来た。
「頂けません」
「いいから、今日の思い出に」
「思い出ですか」
「うん、しおりちゃんと出会えた記念の日だから」
「そうなんですね」
「僕のこと忘れないでね」
「当たり前じゃないですか」
もう、タイムアウトだ。
私は満面の笑顔でお客さんに向けると、大人しくその腕時計を受け取った。
しおりの手首には、とてもじゃないけど緩すぎてつけることは出来ない。
しおりは、私は、この腕時計を売っぱらうだろう。
そういう女なのだ、私は。
けれどしおりはそうじゃない。
しおりは、優しい女の子だった。
お客さんに背中を向けると、部屋のドアへと急ぐ。
ハイヒールを履いて、ドアノブに手をかけるその瞬間に、お客さんが言う。
「女の子に、手を繋いでもらったのは、はじめてだったんだ」
そうか、そうなんですか、良かったですね、でももう時間がないので、しおりはウルトラマンの赤く光るピコンピコンまでの時間がちょっと長いだけのただの人間であって、不死身のヒーローやヒロインではないので、ここいらで失礼しないと今にも精神的に崩壊しそうです。
ああ、ビールが飲みたい。
私は一言も返事を返すことなく、振り返りもせずにドアを開けると、そのままホテルの廊下へと出る。
背中でパタンと言う音を受け止めながらも、脚は既に出口へと向かう為に歩き出していた。
私はグッタリとした体を無視するように、わざとらしくハイヒールのカカトを鳴らして一階のフロアの床を踏みつける。
出口はすぐそこだ。社長がきっと、痛むお腹を抱えながら待っている。
これが、私が、人生でたった一度だけM嬢として風俗店で働き、たった一日だけ客に望まれてプレイした仕事内容だった。
プレイ自体は大したことのないものだったが、私は「特殊な性癖を持った人」と言う客について少しばかり考えるようになった。
少なくとも私は、今後の人生で、そういった、マニアックな、自分には理解は出来ないような性癖を持つ人間と出会っても、「キッショイ」と思うことはなくなった。
人には、こころと言うものがあって。
そして、憧れることもあるのだろう。
自分の性癖が一般的なものとは違っていると理解していても。
自覚していたとしても。
愛し合いたいと思うことが、あるのだろう。
私の、人生の中にたくさん残る汚点の一つであり、大切な経験の一つ。
「M嬢しおり」
を、ここで終わらせて頂く。
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