嬢、全滅!

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嬢、全滅!

その日だって、そうやっていつもと変わらない一日を過ごすつもりで私はそのSMクラブの入っているマンションまで、時間通り自分の部屋を出て電車と徒歩で通勤し、なんの覚悟もなく出勤したのだ。 ところが、事務所へ続くドアを開け「おはようございまーす」と夕方でも夜でも「キャバクラ」や「風俗店」ではそう言うものなのだと学んだ挨拶を口にしながら中へと入っても、誰からの返事もなかった。 私はそれなりに他の嬢のみんなと仲が良かったし、一番年下だったと言うこともあり可愛がってもらっていた。 仕事だって決められていることを一生懸命やっていたし、私が出勤し、「おはようございます」と言えば必ず誰かしらは「おはよー」と答えてくれるのが当たり前のようになっていた。 おかしいな、と思いながら靴を脱ぎ、狭い玄関へと入るとすぐに何故誰からの返事もなかったのかがなんとなくわかった。 だって、靴箱に靴がなかった。 社長のものをのぞいては。 つまり、社長だけは出勤している、と言うことだ。 「社長ー!」 と、私は玄関で靴を脱いだまんまの状態で声を上げる。 返事は部屋のどこかから、籠ったような声で聞こえて来た。 その響き具合からして、多分トイレだ、と思った。 私はとりあえず自分の分のタイムカードを押すと、ユニットバスへと続くドアの前まで行き、「どうして誰もいないんですか?」と社長に声をかけた。 社長の声はすぐには返って来ず、しばらくの間を置いてから呻くように途切れながら私の耳へと届いた。 「ノロだから」 ノロ。 もちろん鈍い、みんな遅刻している、と言う意味ではないのはわかった。 呪いでもないだろう。そんな馬鹿らしい。 もう、そんなことは普通に本当にちゃんとすぐにわかっていたのだが。 つまり、嬢のみんなは、所謂胃腸風邪の酷い版とでも言うのだろうか、その類の病であるノロウィルスにかかって休んでいる、と言うことなのだろう。 「え!!大丈夫なんですか?今日どうします?」 「うたちゃん、代わりに出勤してくれない」 社長はユニットバスへのドア越しにとんでもないことを私に告げて来た。 ふざけんな嫌に決まってんだろう!! と言ってやりたかったが、どんなに仲が良いとは言え、来易い間柄だとは言え、勤め先の店の社長兼店長だ。 そんな口をきいてはいけない。 それに何よりも、社長の声がどうも変だ。 とても弱弱しくて、沈み込んでいるような声音だった。 「…マジで誰も来ないんですか、今日」 「…………出勤予定の子は、みんな全滅、予約も指名の子いつもが決まってるお客さんはキャンセル頼んだけど、せめて新規の客だけでも」 「新規の客ですか、でも誰もいないですよ」 「ねえ、うたちゃん、出来ない?」 「出来ないっすね」 「…そっか…」 出来るわけないだろう、やったこともないのに、と思いながら私が突っぱねると、社長はポツンと呟いてから静かになった。 しばらくの沈黙が続き、私はなんだか手持ち無沙汰になって来て、予約の時間や嬢が向かうべきホテル、お客さんの名前が記されているであろうホワイトボードの前へと移動する。 そこには、今から一時間後の時間に、マンションから車で少しで着く、良くこの店のお客さんが利用しているホテル名と、「新規」と言う一言が記されている。 その下には、時間を空けて、二つほど「新規」と記されている。 新規のお客さんが三人か、と思いながら、今度はパソコンの前に移動して椅子に座ると、膝に置いたカバンから煙草とライターを取り出して火をつけて思いっきり肺を汚す。 パソコン用の、書類、雑誌なんかが乱雑に積み上げられた机の上にある灰皿に灰をトントン、と落としながらため息をつかないように気をつけつつもマウスで画面を操作する。 今日の新規のお客さん三人の望むプレイ内容を確認する為だった。
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