95人が本棚に入れています
本棚に追加
客のプレイ要望
さて、もう逃げ場はなくなった。
いや、正直言うとまだ「社長に断り続けて三人目のお客さんもキャンセルする」と言う逃げ道だけは残されているのだが。
どちらにせよ、三人目のお客さんが望むプレイ内容によって、私は今日この先の運命を選択するしかない。頬に熱が集まって行くのがわかる。
一気飲みなんて久しぶりにしたからだ。
ふわふわとして来て少し大丈夫なのではないか、と言う気分にまでさせてくれる。
まあ、その効果を得る為にわざと一気飲みをしたのだが。
さて、気を取り直して私はパソコンの前でマウスを操作する。
パチ、パチ、と指に少し力を込めれば、パソコンで管理しているこの店に登録しているお客さんたちの情報の一覧が載っているページが次々に変わって行く。
それから改めて「今日の予約客」のページへと飛び、一人目、二人目のお客さんの欄を確認する。
良かった、きちんと「キャンセル」と赤い文字が記されている。
それから私は意を決し、三人目のお客さんの予約した、望んだプレイ内容が記されているところまで、スルスルと画面をスクロールさせる。少しの酔いのお陰か、勇気がわいたように錯覚していた。
そしてその錯覚はやはり錯覚だったのだ、とすぐに知ることになる。
しっかり読んで、なんなら二度、三度と読み返して、私は固まった。
えっと、いや、簡単なことだけど、でも、それって、何が?
何が、いいの?コレ。全く、わかんない。マジで。
もう一本ビールを取りに行ってこようか?と思い、席を立とうとすると、本日三度目のトイレをジャーっと流す音がして、二度目の時とは違い、社長がドアを開けて出て来た。
もう水も出ない、と言ったような、げっそりとした表情だった。
でも、社長、大丈夫です。
みんな、同じ苦しみを今それぞれが別の場所で味わっているのですから。
そしてもし私も社長からうつればノロ仲間だと思ってたんです。
でもそんなことを考える必要はなかった。
どうせ同じ状態になるかもしれないのだから。
いや、案外私の方がノロウィルスに罹るよりはマシかもしれない。
吐くわけでもないし、熱も出ない。
けれど、ないと思ってた自尊心が、プライドみたいな、そういう類のものが、私には無理だ、やめておけ、と訴えてくる。
頭を抱えてすっかり悩んでしまっている私の方へ社長が近寄ってくると、再び机に片手をつき、椅子の横にしゃがみ込んできた。
もう片方の手はお腹を抱えている。
とても苦しそうだ、それはわかっている、そしてなんとか一人でも今日新規のお客さんをと、そう必死になっているのであろうことも、わかっている。
明日になれば誰か回復した嬢が出勤して来て、またお店が回るようになるかもしれない、だから今日だ、せめて今日の売り上げを、0にはしたくない、と。
そう、社長は考えているのだろう。
この店は系列店もある。もちろん社長がそこの店でも社長である。
けれど、雇った店長が回している。
つまり、社長がやりくりをしているこちらの方の店の方が成績が思わしくなかった場合、ちょっと見栄えが悪いと言うか、社長的にも色々と何か困ることがあるのだろう。でも、だけど。
「社長、これ、もし私が行ったとしてもたった二時間ですよ」
「ボウズよりはいい」
「締め日までの売り上げに貢献出来るほどのものじゃないかと」
「そんなことないし、あっちの店もノロで女の子が何人か休んでるから」
「そんなにノロ流行ってんすか」
「なんでうたちゃんは平気なの」
なんでだろう。いや、でも、わからないじゃないか。
今日社長とこうして長く接しているのだから、明日からノロに罹って休むかもしれない。
昨日来た時はみんな健康そうだったのだけれど、誰かノロのお客さんについたのかもしれない。
そうして、またみんなで集まって店が終わった後で鍋屋で飲み食いお喋りをするから、そのお客さんから誰か嬢にうつったものが、そこからみんなに、なんて、そんなに感染力高かったっけ?ノロって。マジつよ。
最初のコメントを投稿しよう!