Futile Desire

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 明治時代に作られたのだろうと想像させるレンガ造りの建物を見上げる。前から気になっていた絵画展を見ようとやってきた美術館だ。  できれば三谷と来たかった。彼は今、誰と何をしているのだろうか。  建物に入ろうと、5段ほどの階段に足をかけたとき、私のお腹から地響くような音が出た。ベージュのハンドバッグから携帯電話を取り出して時間を見る。 「12時すぎか。今から入ったら1時間以上はかかるし、先にランチしよ」  美術館に背を向けて歩道に立って周りを見回す。  通りの向かいにある路地を入ったあたりに、焦げ茶色の木で縁取られたブラックボードが立っている。雰囲気から想像するとカフェのようだ。  自動車が来ていないことを確認して、通りを渡った。  ブラックボードに近づいて、腰をかがめる。そこには洋食のランチセットの絵がチョークのようなもので描かれていた。私の口角は自然と持ち上がった。  腰を伸ばして、店の外観へ目をやる。木造の建物のようで、こげ茶色の木と木の間には漆喰が塗られていた。  店内に入ると、壁際の2人席に案内された。  一本の太い木でできているという梁を見上げながら、店員が持ってきた水を飲む。店内は梁だけではなく、中央に配置された柱も壁に埋め込まれている木もすべて天然のものらしく、同じく木でできたテーブルにつき、椅子に座っているだけで、体の中の毒気を抜かれている気になる。  注文したランチを店員が持ってきてくれた。表のブラックボードに描かれていたものだ。ワンプレートにハンバーグ、コロッケ、サラダ、チキンライスが彩りよくスッキリ盛り付けられている。  店員が軽く会釈をして立ち去ると、私は携帯電話でランチプレートの写真を撮った。カメラマンが撮ったのではないかと、自分でも勘違いできるほど鮮やかな画像になった。  1人でも楽しく過ごせることを伝えたくて、『今日のランチ』と題して三谷に写真を送った。この後、美術館へ行くことも書き添えた。  結局、1人ランチに小一時間ほどかかった。  美術館も意外に空いていて、ゆったりと見ることができたせいで、思ったよりも館内を回るのに時間を費やした。  外に出ると、傾きかけた太陽が歩道に植えられた細い木にあたり、緑の葉を黄色く光らせていた。ハンドバッグを右手に持ったまま、両手をあげて伸びをした。  帰り道、電車の中でつり革につかまりながら、もう一方の手で携帯電話を開き、美月のSNSをチェックする。  そこには、今日、ドライブデートしていることが写真と一緒に綴られていた。誰と一緒かは書かれていなかったけれど、美月の自撮り写真の後ろに写りこんだ黒のBMWで、デートの相手は彼だろうと予想はついた。  唇をかみしめ、何かうまいコメントを送ってやろうかと考えながら携帯電話を見つめていると、彼からのメールが届いた。 『楽しく過ごしたんだね。会える日は連絡するからね』  私はつり革を持つ手に力が入った。美月と一緒にいることを私が知らないとでも思っているのだろうか。はらわたが煮えくり返る思いがする。
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