Futile Desire

4/5
前へ
/59ページ
次へ
 結局、それ以降も三谷から誘いの連絡が来ることはなかった。そのうえ、彼とは会社で顔を合わせても挨拶するくらいで、話しかけられることはない。  私は淡々と過ぎていく日がもったいなく感じ、友だちを誘ったり、1人で出かけたりして休日を満喫した。楽しく過ごせる自分をアピールしたくて、撮った写真を彼に送り続けた。  彼から連絡が来ない日が続いても意外にダメージは少なかった。もっと辛くなるかと思っていたのに、自分が楽しむ方へと気持ちを切り替えられた。それに連絡を待ち続けている自分が馬鹿らしく思えるようにもなってきて、恋心は幻だったのかもしれないと感じ始めてもいた。  ただ、会社にいると、噂の彼女と彼が仲良くしてるらしい空気が伝わってきた。私は、その都度、トイレに駆け込んで拳を握りしめ、唇を噛んでいた。  何かにつけては彼に連絡をして繋ぎ止めようとしたが、彼からは素っ気ない返信しかこなかった。  その日は出勤してすぐ、部長から直接、午後の会議の資料作りを頼まれた。  1時間ほどパソコンと過去の資料をにらみ続けて目が疲れてきた私は、いったん休憩しようと腕を上げて伸びをしたり、首を回しながら給湯室に向かうことにした。  ここの給湯室は同じフロアにある部署が共通で使っている。三谷とは何度かすれ違ったことがある。  執務室から廊下に出て、まっすぐ歩き、突き当りを左に曲がると給湯室だ。  角まで来ると、給湯室から男女の声が聞こえてきた。私は何となく足を止めた。声の主は、三谷と美月のようだ。 「じゃあ、今日の終業後、駐車場に行くね」 「ああ、俺も定時で上がるから、すぐに向かう。今日はイタリアンでも行くか」  腹の底から得体のしれない何かがこみ上げてくる。気持ち悪さを感じたが、なぜか頭は冷静だった。  踵を返して、来た道を戻り、給湯室とは反対側の突き当りにあるエレベーターホールへ向かった。  エレベーターホールにある自動販売機の前に立った私は、缶コーヒーを買う。濃いめのブラックを選んだ。  自動販売機のすぐ横の壁にもたれ、プルトップを開ける。コーヒーを半分ほど勢いよく喉へ流し込んだ。先ほど感じた気持ち悪さは、コーヒーの苦みでかき消された気がした。  パソコンに向かっていると、手元に今朝作った資料が滑り込んできた。骨ばった手が見える。私はキーボードを打つ手を止めて振り返り、その手の持ち主を確認する。部長だった。 「あの資料、よくできてたよ。わかりやすかった。また、頼む。美月くんも、君ほどじゃなくていいから仕事に集中してくれたらいいんだけどな。社内恋愛は問題ないが、相手がな」  部長は、ついうっかり口にしてしまったという風に舌を出した。 「ま、君のとこの課長は堅物だし、君もまっすぐだから安心だよ」  なんて答えようか、私が迷っているうちに、高らかな笑いを発しながら部長は自席へと戻っていった。  終業のチャイムがフロアに響いた。作成中の書類をパソコンに保存する。グラフや図が多いせいか保存に時間がかかりそうだ。  時間つぶしに机の上に置いていた携帯電話を手に取った。三谷へのメッセージ画面を開く。 『私とはデートしないのに、美月とは食事に行くんだね』  間髪入れずに返信がきた。 『俺、自分で楽しむヤツには興味ないんだ。俺のことを待ってて、俺のために常に予定を空けててくれるヤツがいいんだよ』  私はその文章を何度も読み返す。なんだか哀れな気持ちになった。  王様きどりな彼にか、待ち続けられない私にか、それとも待ち続けられる彼女にか。  ただ、もう2度と個人的に彼と連絡し合うことはないだろうと思えた。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加