本編

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◆ アレクが戻ってきてから、ラヴェルはぽつぽつと自分のことを話すようになった。 魔素溜まりで一人生き残った時のこと、友人と決別した時のこと。アレクはそれを静かに聞き、時折質問を投げかけた。 そして、何歳か、という問いに返ってきたのは、「数えるの止めた」だった。 百歳の時に植えた木があると案内されたアレクが見たのは、樹齢千年を超えていそうな大樹。そんな長い時間を一人で過ごすということがどういうことか、全くアレクには想像がつかなかった。 「寂しい?別に飛び回ってたらそうでもない」 と遠くを見るようにラヴェルは言う。世界各地で実験に勤しむ理由を垣間見た気がした。 そんなラヴェルがスキンシップに慣れていないと気付いたのはすぐのことだった。何気なく触れてみれば、動きがぎこちなくなる。ずっと人との接触を断っていた後遺症のようなもの。辛さを微塵も見せようとしない健気な背中にアレクは自然と寄り添うようになった。 それが自分の役目だと言わんばかりに。立っていれば抱きつき、座っていればピタリと横に座る。 「近いんだけど」 「こんなもんじゃねぇの?」 そんな問答をしながら、ラヴェルの反応を楽しめるようになった自分に、年取ったんだな、と若干感動もしていた。 隣に座るのも慣れてくれば反応も薄くなる。悪戯心で引っ張り上げるように膝に座らせてみたのだが、自分の膝の上で読書を続けるラヴェルを見て、悪くない、むしろありだ、とアレクは思う。その気持ちにすんなりと合点がいって、華奢な肩に顔を埋めた。 「……なに? きめぇんだけど」 「いや、悟ったっていうか、原点はここにあったんだなって、しみじみと」 「は?」 イイ女のタグが付いた人間を数多く抱いてきたが、心満たされなかったのは当然のことだったのだ。あの時、会った瞬間に、ラヴェルに堕ちていたのだから。 好きな人に裏切られたような気になって勝手に大暴走し、今の今まで拗らせていたということだ。そんな自分にアレクは笑いが止まらなかった。 「何笑ってんだよ、きめぇって」 「いや、若いってすげぇなって」 「……はぁ?」 「あのさ、あんた、恋人とかいたことねぇの?」 「…………」 「ねぇよな? 女抱いてるとか想像できねぇし」 アレクがそう言うと、ラヴェルがくっと口を噤んだ。何かと思い観察していれば、目の前にある項がじわじわと赤みを帯びて行く。 「……え、まさか、童て」 「うっせぇ!」 本を掴む指がプルプルと震えている。 「あー……それに関しては俺のほうが師匠ってわけか」 「はあぁぁあ!?」 勢いよく振り返ったラヴェルの顔は予想通り赤く、こういう時白い肌は弱点だよな、とアレクはどこか達観した気持ちになる。 「ほら、百戦錬磨ってやつ?若気の至り」 「不潔」 「……返す言葉もねぇ」 しばらくの沈黙の後、ラヴェルがパタンと本を閉じた。アレクは、何か話し出しそうなラヴェルに耳を傾ける。 「俺はそういうの、……わかんねぇの。世界の全部が俺をすり抜けていって、頭が狂いそうになった時があって。多分その時に意識から消した」 不死身になった時、ラヴェルという存在があったからこそアレクは露頭に迷うことはなかった。手探りで生きる苦しさも知らない。 自分が不老不死だと言う事実に直面した時、ラヴェルは何を思ったのだろうか。 「それでもどこかに俺と同じ時間を生きてる奴がいるんじゃないかってずっと探してた。お前は魔素溜まりにいい思い出がねぇだろうけど、俺にとっては唯一の同族を見つけられる可能性がある場所で」 「…………」 「だから、そこで生まれたお前は、……その、愛とか恋とかわかんねぇけど……俺がやっと手に入れた希望だったんだ」 そうか、だから。 「だからあの時、あんたは泣いてたのか。俺を見つけて泣いてたんだな」 憎まれ口を叩きながらも、同じ時を過ごせる喜びに胸をいっぱいにして。 (すげぇ殺し文句) アレクは自分の手が勝手に動くのを止められなかった。ラヴェルの顎を引き寄せ、そのまま唇を奪ってしまったのは、どうしようもない衝動からだった。ほんのバードキスだったが、ラヴェルの目は零れ落ちそうなほど見開かれ、唇はわなわなと震えている。 「っ、な、なにす、」 「熱烈なプロポースかと思って」 「そ、そういうの、わかんねぇって言ってんだろ!」 「じゃあさ、その……俺としてみねぇ?」 「な、何を?」 「恋、とか言えたらいいんだろうけど、この流れでちょっと下半身が反応してるっていうか、この体勢もすげぇ絶妙で……」 アレクが細腰を引き寄せるように抱きしめると、ラヴェルの顔がみるみる赤くなっていく。臀部に押し付けられているのは間違いなく硬くなったソレで。 「信じらんねぇ!」 と投げ飛ばされる覚悟だったが、ラヴェルの口から出てきた言葉は、 「……やり方、わかんねぇけど、それでもいいなら」 という予想を覆すものだった。 思いがけず合意を得てしまったアレクは、混乱に陥りながらも割れ物を扱うようにラヴェルをベッドに引き入れる。金色の瞳が不安げに揺れるのを見て、アレクは全身から汗が吹き出すような感覚を覚えた。 本命はこんなに違うのかと。 緊張を解すように軽く口付ける。角度を変えながら何度も。ふ、と軽く息が上がり、体が熱を持ち始めたのを見て、服の裾から手を滑り込ませた。薄く筋肉がつき、手のひらに馴染む程よい感触。気持ちの昂りと共ともに自然とキスが深くなる。指で胸の突起を掠めれば、華奢な体がピクリと跳ねた。 「気持ち悪い?」 「ん……平気。お前に任せてるから」 ラヴェルは覚悟を決めたようにギュッと瞼を閉じ、体の力を抜いた。 中身はうん千うん百歳とはいえ、見かけは初心な少年。 (改めて罪悪感が半端ない……) その上、自分の師を組み敷くという背徳感。 汗が滲む指でズボンの留め具を外しておもむろに引き下げた。うっすらと生えたグレージュの産毛の中には淡いピンク色の幼い屹立。確かにそれは男の象徴だというのに、神々しささえ感じて、アレクは息を呑んだ。 「じろじろ見るなよ!」 「……なんか感動して」 「こんの、バカ!」 蹴り上げてきた足を受け止めて股に割って入ると、アレクは躊躇なくラヴェルの中心を咥えた。興奮しない方がおかしい。 「え、ぁ、なにして、ン、ぁっ」 驚きの方が大きく、甘い声とは言えないが、それでもアレクの欲望を刺激するには十分すぎた。 小振りな陰茎を味わいつつ、駆り立てられるように後ろの窪みにも舌を伸ばす。刺激が強すぎるのか、閉じようとする太腿をやんわりと押さえつけて唇を這わせ、淡く色づいた肌に吸い付いては痕を残した。 狭い入り口に指を差し込み、ゆっくりと解して路を拓いていく。熱い襞が指に絡みつく度にアレクの息も上がる。下半身は痛いほどに張り詰めていた。 「は、ぁ、アレクっ、」 はふはふと浅い呼吸を繰り返すラヴェルは今にも泣きそうな顔をしていた。助けを求めるように伸ばされた両手に応えてアレクが体を起こす。 「わり……痛かった?」 「ちがっ……よく、わかんねぇっ」 ラヴェルにとって肌を触れ合わせることも、愛撫されることも全てが初めてなのだ。がっつきすぎた、とアレクは手を止めて、ラヴェルの服を剥ぎ取ると自らも服を脱ぎ去った。胸の中に迎えるようにラヴェルを抱き上げ太腿に座らせると、謝罪を込めるようにキスを降らせる。 ラヴェルの腕が背中にまわる。それだけでドキリと胸が跳ねた。一挙一動に心が揺さぶられる。全然違う、とアレクはラヴェルへの想いを改めて思い知った。 腰を引き寄せれば、ラヴェルのきめ細かな肌が触れる。体温を直に感じるだけでひどく落ち着く。逆上せていた頭が冷え、ラヴェルも安心したように、ふぅと軽く息を吐いた。 「……言っとくけど、一目惚れだしな」 「なにが?」 「だから、その……性処理? でしたいって言ったわけじゃねぇし、最後までする必要ねぇってこと」 「最後までするつもりでいいって言ってんだから、最後までやればいいだろ」 「別に入れるだけがセックスじゃねぇし、こうやって抱きあ――」 「だから! お前が俺のこと好きなんてこと、ずっと前から知ってんだよ。そうじゃなきゃするなんて言うわけねぇだろ。このバカ弟子」 照れが交じる罵倒。アレクは面食らって数秒間停止した後、焦ったように髪をわしゃわしゃと掻いた。 「……マジかよ……じゃあ、ずっと知ってて?」 「俺を誰だと思ってんの? これ以上待たせんなよ」 と唇を尖らせるラヴェルは可愛くもあり男前でもあり。やっぱりこの人には敵わない。 お互いニヤリと笑みを浮かべ、キスを交わしながら縺れあうようにベッドに倒れ込む。滑らかな足に腕を絡め、最後までしなくていいと言いつつ全く萎えなかった陰茎をあてがう。そして、ゆっくり腰を落とした。 (っ、きっつ……) 辛いのは受け入れる方。アレクは漏れそうな弱音を飲み込んで、ラヴェルが苦しまないよう全神経を傾ける。時間をかけ、深くまで繋がった時には汗が零れ、互いに上がった息を抑えきれずにいた。 そんな自分たちの余裕のなさに顔を見合わせ、同時にふふと笑う。 見下ろす眼差しに反抗するかのように真っ直ぐに見上げてくるその金色の瞳は濡れていて、あの時を思い出させた。 一瞬にして恋に落ちたあの瞬間を。 「……太陽みてぇ」 「アレ、ク?」 全てが愛しいと思う。 一人で過ごしてきた寂しさを埋めるためいくらでも愛を注いでやる。愛や恋がわからないのなら、思い知らせてやればいい。 首を傾げたラヴェルの唇をじっくりと食む。緩慢に体を揺らせば、合わさった唇の隙間から水気を帯びた声が漏れた。 「ふ、……んっ、ン……」 「……ラヴェル」 そう呼べば、うっすらとグレージュの睫毛で縁取られた瞼が開く。その瞳に素直な喜びの感情が見えて、体の深部が熱く疼くのを感じた。 (あんたの隣に俺以外の特別な存在なんていらない) なんて言ったら、ラヴェルはどんな反応を返すだろう。アレクは突如頭を擡げた異常性を伴う執着心に笑みを漏らした。 END
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